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Lesson1_01

逆さ月のラプソディ…理久先生のスピンオフです。 本編をご覧になった後お読みいただけると嬉しいです~ニコニコ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「嫌だ!お母さんもお父さんも見に来てくれないじゃないか!何で俺だけ一人ぼっちなの?嫌だ!嫌だ!」 「一人じゃないだろ?俺がいるじゃないか!」 ホールでは発表会が始まってるというのに…この子はいつもこうやって土壇場までごねるんだ…。 控え室でシクシクと泣く北斗をあやす。 去年もそうだったんだ… あれ程お願いしたのに、今年もこの子の両親は晴れの舞台を見に来てくれそうにない。 せっかく練習したのに…これでは、可哀そうだ。 俺の膝に突っ伏してシクシクと泣く小さな背中を見下ろす。 手のひらで撫でると余りある大きさの自分の手を見つめる。 「北斗…帰ったら美味しい物を食べよう?」 俺がそう言うと、顔を少しだけ上げてこちらを見る。 顔を擦るから目元が赤くなってしまった… 頬を包み込んで優しく撫でてあげる。 「ほんと…?」 「ん?」 「…美味しい物って、何食べるの?」 食欲は人一倍あるんだ。 呆れるような…切り替えの早さに感心するような…複雑な気持ちになる。 「そうだな…北斗は何が食べたい?」 俺が尋ねると、小さな貴公子はにっこりと笑ってこう答えた。 「焼肉…」 両脇を抱えて膝の上に座らせて、赤くなってしまった目元を指でなぞる。 「分かった。焼肉ね…」 俺がそう答えると、俺の体に自分の体を預けて、ギュッと両手で掴んで来る。 …あぁ、全く… 北斗の背中を撫でて、大丈夫だよとポンポン叩く。 自分の子供に感心が無いのか、それとも、俺の選んだコンクールに不満でもあるのか…。どちらにしても、子供の晴れ舞台を両親ともに見に来ないなんて… 子供の音楽教師をしていて、初めてのタイプの両親に戸惑う。 音楽一本で生きてきて、それしか頭に無いのは容易に理解できるんだ。 俺だって同じ様なものだし… でも、我が子の晴れの舞台に関心が無いって…どうなんだよ。 フランスの交響楽団を辞めて日本に戻った俺は、次の仕事までの繋ぎで音楽の家庭教師をしている。 今まで子供向けのレッスンは多くて週に2回でお受けしていた。 でも、この家は違う。 週に4日、しかも1日に最低4時間ぶっ続けでレッスンしろと、注文を受けた。 そのレッスン内容も、普通の子供向けじゃない…高度な技巧を中心に指導していくんだ。 小さな子供相手に、感覚がおかしくなる自分が居る。 舞台の袖で順番を待つ。 他の子は1人で待てるのに…北斗は俺が抱っこしていないとダメなんだ… 1人だけ高い位置からみんなを見下ろして、フン!と顔を背けて俺にしがみ付く…。 可愛いんだけど…甘えん坊が過ぎるんだ。 「理久…理久…お腹空いた…」 「もうすぐ出番だから、もうちょっと…」 ユラユラと体を揺らして、気が散りやすいこの子を宥める。 やっと次の出番になって、下に降ろしてバイオリンを握らせる。 「俺が一番うまい…」 俺を見つめてそう呟く。 その自信はどこから来るの? 全く… 前の子が発表を終えて、こちらに戻って来る。 さっきまでべそをかいていたのに、いきなり姿勢を正しく整えて深呼吸をしてる。 この子は…本当に… 本番にめちゃめちゃ強いんだ。 「理久。行ってくる。」 涼しい顔して俺にそう言うと、拍手の中、1人舞台へと向かって歩く。 観客の中に両親はいないのに、堂々たる姿勢を保って、胸を張って立つ。 その立ち姿は惚れ惚れするくらい… 凛々しく美しい。 バイオリンを首に挟んで、弓を美しく構える。 そして弾き始める、小学生低学年部門で、1人だけ毛色の違う選曲… そう、彼は別格なんだ。 凛々しさも、美しさも、抱えてる心の重圧も…比べ物にならないくらい、別格だ。 曲を弾き終えて、美しくお辞儀をする。 こちらに向かって姿勢を美しく保って戻って来る。 袖に戻った瞬間、姿勢を崩して俺に駆け寄る。 「理久~。焼肉!」 そう言った北斗の顔はフニャッとだらしなくなって、いつもの甘えん坊に戻る。 俺に両手を広げて、抱っこをせがむんだ… 全く… 俺は北斗を抱っこして、控室に戻る。 これから小学生部門の中学年、高学年と演奏を聴いて、その次は中学生、高校生部門の演奏が続く…結果発表まで、まだまだ時間があるというのに、この子の集中力はもう持ちそうにない… 「北斗?隣の小ホールで、地元のバレエスクールの発表会がやっているらしいよ?見に行くかい?」 「行く~!」 この子は観劇してるときはお利口さんにしてる。 きっと好きなんだ。演芸が。 北斗を膝に座らせて、知らない子に拍手を送ってバレエを見る。 「理久?あの子のピルエットは美しいね。」 そう言って俺の顔を振り返って見ると、にっこり笑う。 可愛い笑顔だ。 彼の頭を撫でて、一緒にバレエを見る。 チャイコフスキーの音楽が流れると、体を揺らして喜んで、首に挟んだ見えないバイオリンを奏でて一緒に演奏を始める。 本当に、可愛い… こんなに可愛い子をどうしてもっと愛してやらないのか…俺には理解できないよ。 膝から落ちていかない様に、北斗の腰を両手で掴んで抱っこする。 彼の左指は忙しなく動いて、まるで本当にバイオリンを弾いている様だ。 美しいな… 「白鳥はやっぱりオデットも王子も白鳥たちも死んだほうがいいと思うんだ。子供向けに内容を変えないで、みんな最後は死んだ方が良いと思うんだ。最後の余韻が全く変わってくるんだよ…あれでは、音楽と合わない。」 小学校2年生の口から、そんな悲劇を称賛する言葉を聞きたくないよ。 全く。 自販機でジュースを買ってあげて、控室に戻って発表までの時間を潰す。 他の子たちは音楽教室の友達同士なのか、ワイワイとおしゃべりしたり、追いかけっこしたりして遊んでいる。 目の前のこの子は、俺の膝に座って買ってあげたジュースを飲んでる。 そしてただ、じっとしてみんなを見てる。 寂しいのかな…北斗も一緒に遊びたいのかな… 彼の頭を撫でていると、集団の中から一人、女の子が近づいて来て、俺に話しかけた。 「理久先生、こんにちは。以前、姉がお世話になりました。」 そう言って丁寧にお辞儀をする北斗よりも小さな女の子。 「これはこれは、ご丁寧にどうも。お姉さん…?あぁ…リコちゃんの事かな?」 どことなく面影が似ていてそう聞くと、その子はにっこり笑って頷いた。 あぁ…あの時小さかった子が、もうこんなに大きくなって… お姉ちゃんと同じバイオリンを習っているんだ… 「何だお前、あっち行け!」 俺がしみじみしていると、膝に乗った北斗がそう言って女の子を虐める。 「これ…北斗、やめなさい。」 俺は北斗を注意して、その子に謝る。 リコちゃんの妹は、北斗を睨んで俺に挨拶をすると、逃げる様に帰ってしまった。 「北斗?女の子には優しくしないといけないよ?」 「嫌だ!理久は俺の先生だよ。だから、嫌だ!」 また、この子の嫌だ嫌だが始まった… 俺の膝に向かい合う様に座り直して、正面から両頬を掴まれる。 「良い?理久は俺の先生だから、他の子と話しちゃダメ!絶対だめなの!」 そう言って抱きついて、スンスン鼻を鳴らすんだ。 全く… 「分かったよ。」 俺は立ち上がると彼の体を抱いて、ユラユラと揺らして宥める。 感情の揺れの激しい感性の子を宥める。 二人でいるときは平気なのに…そこに誰かが入ると途端に焼きもちを焼くんだ。 全く…可愛いんだ。 本当に愛おしいよ。 このまま、自分の子供にしたいくらいだ。 才能に溢れた子…血統書付きの子…そんな風に言われてるけど、お前の努力が並大抵の物じゃ無い事を、俺は知ってるよ。 愛しいな… 俺にしがみ付いて離れないこの子が愛おしい。 いつの間にか眠ってしまったこの子を連れて、発表を聴きにホールへ向かう。 きっとこの子が1位を取るだろう。 「北斗…起きて。」 そう言って俺の胸で眠りこける彼を起こす。 「嫌だ…」 発表が始まって、入賞者に拍手が送られて、壇上へ登っていく。 小学生低学年の一位が発表されて、案の定、この子の名前が呼ばれる。 「北斗。」 俺が起こす前に体を起こして凛とすると、1人壇上へと歩いて向かう…。 全く…そういう所だけしっかりとしてるんだから… 北斗のお父さん、お母さん、あなたたちの子供が入賞しました。それも1位です。 そして、パリでの特別公演の出演権を得ましたが…きっと、あなたたちは興味がないんでしょうね… 壇上の上で、俺に手を振る北斗に手を振り返す。 まるで自分の子供が入賞した様に、喜んで、沢山手を振る。 あの子が他の子と比べて、悲しくならない様に、人一倍手を振る。 「よくやった!これは素晴らしい快挙だよ?だってパリに行けるんだから!」 俺はそう言って控室の荷物をまとめて北斗にコートを着せる。 「…焼き肉食べよう?」 ハイハイ… 北斗と手を握って会場を後にする。 手に持ったトロフィーと、賞状を後部座席に乗せて、北斗を助手席に座らせる。 シートベルトを自分でつけて、にっこりと笑う彼を見つめる。 「本当に凄い事なんだよ?お前はよく頑張ったんだ。」 そう言って頭を撫でて褒めると、少しだけ嬉しそうにする。 はにかんでる訳じゃないんだ。 余りに高みを求められすぎて、これくらいの事では喜ばない、喜べない心理になってるんだ… 可哀想に。 このままどこか遠くへ連れ去ってしまいたいよ… 彼の家に帰って、ご両親に今日の結果をお伝えする。 「まぁ、当然でしょうね…」 その一言で、彼の努力が報われるんだろうか… お母さんはそう言うと、北斗を見て言った。 「パリには付いて行けないの。お母さんの次の演奏会が決まっているから。だから、残念だけど、辞退しなさいね。」 首からバイオリンを離すことなくそう言うと、また自分の演奏を始める… 彼女には、子供の快挙よりも、自分の次の演奏会の方が重要なんだ。 俺は北斗の手を掴んで、父親の元に報告へ向かう。 「お父さん。北斗君が小学生低学年部門で一位を取りました。褒めてあげてください。」 俺がここまで言っても、父親はぼんやりとしたまま楽譜から目を離さない。 「良かったな…」 その一言で、彼の努力が報われるんだろうか… 「一位の特典として、パリでの特別公演の出演権を得ました。」 俺がそう言うと、父親の方は少し興味があるような素振りを見せる。 「北斗、行ってみたいか?パリに。」 「…お父さんが、付いて来てくれるの?」 顔を上げて嬉しそうに北斗が尋ねる。 父親は少し考えて、首を横に振る。 「お父さんの友達がパリに居るんだ。1人で飛行機に乗って、空港に迎えに来てもらおう。そしたら、向こうで彼に面倒を見て貰ったらいい。」 こんな小さい子を一人で? 俺は愕然としながらこの親子の話を聞いている。 「…じゃあ、行かない…」 北斗がそう言って俯く。 「私が一緒に同行しましょう。」 自然と…そう言ってしまった。 父親は俺を見ると目をキラキラさせて言う。 「本当に良いんですか?わ~、良かったな。北斗。」 どうしようもない音楽馬鹿の両親に、この子の心がズタズタにされていく。 それが我慢できなかった。 この子の素晴らしいバイオリンを周りは評価しているのに、この子が望んでいるのは、この馬鹿な両親の賞賛を得る事だ…。 掛け違えたボタンの様に…いつまで経っても賞賛を得る事が出来ないで…もどかしく、苦しんでいる北斗が…可哀そうだ。 俺はお前を認めてるよ。 誰よりも、お前の努力も、涙も、意地も、全部認めている。 だから、俺がお前の世話をしよう。 誰よりも、一番に成れる様に。 そして見返してやろう…こいつらよりも上手になって…見返してやろう。 俺は北斗の手を強く握った。 北斗は俺の手の強さを感じたのか、そっと体に寄り添ってくる。 守ってあげないと…こいつらにダメにされる。 この子の感性も、心も、ダメにされる。 「お祝いで焼き肉をご馳走すると約束しました。これから行ってきます。」 そう父親に告げて、彼の部屋を後にする。 玄関に一緒に向かって北斗にコートを着せる。 「理久…何で泣いてるの?」 俺の顔を覗いて、北斗が心配そうに尋ねてくる。 「泣いてないよ。」 俺はそう言って、彼にマフラーを付けて帽子を被せる。 「…俺の事、可哀想って、思ったの?」 そう言って俺の涙を拭う。 彼の手を取って、手袋を付けてあげる。 「そんな風に思ってない。だって、お前は強いからな。」 そう言って頬にキスをする。 こんなに可愛い子をどうしてあんなに無下に出来るんだ… 要らないなら、俺にくれよ。 もっと大事に、愛して育ててやるのに…! 「北斗、チョチョ苑で良い?」 そう言って近くの焼き肉屋の名前を出して、彼にお伺いを立てる。 「良いよ~!チョチョ苑で良い~!」 喜んで踊り始める北斗にブーツを履かせて、寒い冬の夜道を彼とチョチョ苑に向かって歩き始める。 大寒波が到来して、昨日、大雪が降った。 慌ててスタッドレスに履き替えたけど、東京でこんなに積もるのは珍しかった。 「理久?雪だるまってどうやって作るの?」 北斗はそう聞きながら、足で雪を踏んで音を鳴らして遊んでる。 「小さい雪玉を、こうやってコロコロって転がすんだ。そうすると、どんどん大きくなっていって、最後は両手でゴロゴロって転がすんだよ。それを2つ作って、上にドーンと乗せたら、雪だるまだ。」 俺がそう言うと、ふ~んと言ってぼんやりしてる。 きっと雪の音に耳を澄ませているんだろう… ザクザクと音を鳴らして歩く。 それさえもこの子の耳には、美しい音色になって届いているんだろうか… 「理久~?」 「ん?」 「タン塩と、トントロと、カルビだったらどれが好き~?」 足元を見ながら、北斗がそう尋ねてくる。 「ふふ…そうだな…タン塩かな。年を取ると、カルビはきついんだよ。」 「へへ…そうなんだぁ。」 そう言って、トンと両足で、雪を踏んで止まる。 そして、俺を見上げて言った。 「マーチが頭の中で流れてたけど、今終わった。」 ふふ…本当に、この子は… 俺は堪らなくなって北斗を抱きしめる。 しゃがんで、膝が濡れるのも気にしないで、抱きしめる。 「お前は、まるで音楽の子みたいだね…」 そう言って笑って、彼の頬にキスをする。 絶対的な透明感と無垢な感性。 それらに触れて、堪らなく服従したくなる時がある。 それは俺がこの子に偏執的に執着してるって事なんだろうか… それとも、彼の感性が、俺を跪かせるんだろうか。 絶対に敵わない感性の差に服従して、彼の聴くものを同じ様に聴きたいと切望してしまう。 これは愛なのか…それとも憧れなのか… 子供相手にどうかしてる。 焼き肉屋に着いて、席に座る。 体に触れていたいのか、北斗が俺の隣に座り直す。 「理久?俺はね、カルビを食べる。」 そう言って一番上等な肉を指さして笑う。 「分かったよ。」 そう言って、オレンジジュースとカルビ5人前と、タン塩とサラダを注文する。 「ライスの大もひとつ!」 そう言って店員さんに笑われる北斗。 「ねぇ?ジンギスカンって歌を聴いた事があるけど、焼き肉はジンギスカンじゃないの?」 そう俺の顔を見上げて聞いて来るから、教えてあげる。 「ジンギスカンは、羊のお肉なんだよ。それをモヤシを沢山乗せた上に乗せて、蒸し焼きにするんだ。それにタレを付けて食べるのが、ジンギスカン。」 「ふぅ~ん。」 そう言って俺の体にもたれると、ぼんやりと熱くなる鉄板を眺めて、お前は一体何を思うの? 隣に座るのは、誰かに寄り掛かりたい為じゃない。 顔を見られたくないんだ… こうやって、ぼんやりと考え事をしてる顔を見られたくないんだ… どうしたの?って言われても、答えに困るから、そうしてるんだろ? 可愛い、俺の感性の子。 愛してるよ。 「お腹いっぱいになった…!」 北斗は大満足した様子だ。 あんなに沢山、この細い体に入るなんて…信じられなかった。 当初頼んだ5人前を上回る食欲に、底なしの食い意地を見た。 「北斗…あんなに食い意地を張ると、恥ずかしいよ?」 俺はそれとなく注意しながら、彼の満足げな笑顔に癒された。 「理久、ここから雪玉を転がしたら家の前に着くころには大きな塊になるかな?」 俺の顔を見上げて北斗が尋ねてくる。 「そうだね。なるだろう。」 俺がそう言うと、北斗は小さな雪玉を作って雪の上にコロコロと転がし始めた。 しゃがんで雪玉を転がす後姿が可愛くて、俺も小さな雪玉を一緒になって転がした。 「じゃあ、理久のは頭にしよう。俺のは多分でっかくなるから、体にしよう?」 そう言って満面の笑顔で雪玉を転がす。 彼の家の前に着くころに、雪玉はすっかり大きくなっていて、通りすがる人がニコニコと北斗を見つめていた。 「理久!見て!こんなに大きくなったぁ~!」 得意げに俺に雪の塊を見せて胸を張る。 可愛いんだ… 「でも、北斗。俺の方が大きいみたいだ。こっちを体にしようか…?」 そう言って彼の家の前にゴロゴロと転がす。 北斗の雪玉を一緒に持ち上げて、胴体の上にガシッと置く。 「ブスだ。」 北斗がひと言そう言って、もう一つ小さな雪玉を転がし始める。 両手で持てるくらいの大きさにして、俺に渡す。 「これを一番上に乗せて?」 「分かったよ。」 彼から雪の塊を受け取って、一番上に置く。 「ほ~ら、こっちのほうが断然いい…」 満足げにそう言うと、自宅の植木の枝を折って、手に見立てて刺した。 俺の手袋を取って、その枝の先に付ける。 その後、俺の帽子を取って、小さな頭に乗せる。 「んふふ。理久ダルマが出来たぁ~!」 そう言って笑うから、可愛くて堪らなくなる。 急いで隣にもう一つ小さな雪だるまを作って、北斗に言った。 「見て?…これは、北斗ダルマだよ?」 可愛く目を付けて、ニッコリ笑顔にしてあげる。 嬉しそうにそれを眺めて、感嘆の声をあげる北斗。 俺のかじかんだ手を握って、息を吹きかけて、北斗が温めてくれる。 「理久…冷たい?」 こんなに可愛い顔で見つめられたら…どうしたら良いのか、分からなくなるよ。 「いや…とっても暖かいよ。」 そう彼の目を見つめて答えると、可愛らしい笑顔で微笑み返してくれる。 これは…慈しみ、深い、愛だ… 「お前が…この先、どうなっても…死ぬまで愛し続けよう。」 俺はそう言って跪くと、彼の手の甲にキスを落とす。 俺の様子に、北斗は首を傾げて、優しい笑顔をくれた。 見返りなんて求めない。 どうにかしてやろうなんて思わない。 ただ、彼の願いが全て叶う様に…彼が幸せになる様に… それだけを願って、愛し続けよう。 この無垢で、純粋な彼を想うには、それくらいの慈愛を持たないと足りない。 全く釣り合わない。 「もうお帰り…。」 そう言って玄関の奥に彼を見送る。 寂しそうに俺を見て、手を振る北斗に手を振る。 玄関の扉が閉まる、その時まで、彼の瞳を見続ける。 しっとりしたエルビスプレスリーの曲が頭の中に流れていくのが分かった。 「ふふ…お前もこんな風に、曲が流れ始めるのかな…」 俺の頭の中に流れる曲は、彼の様に美しいクラシックじゃなかった。 ただ、その歌は、永遠の愛を誓う。 その歌を鼻歌で歌いながら、雪の道を帰る。 「ラブミーテンダー…ラブミートゥルー…フンフ、フンフ、フ~ン…」 彼の足跡を辿って… 家路に着く。 次の日… 「嫌だ…理久、嫌だ!」 また始まった… 今日はコンクール後の復習として、弾いた曲を一緒におさらいする。 上手く行った所とそうでない所を見直して、もう一度弾いてみる。 「全部上手く行った!だから1位だったんだ!」 そう言ってごねる北斗を説得する。 「確かに、お前はノーミスだったよ?ここからは、表現力の問題だ。」 俺がそう言って教則本を取り出すと、うんざりした顔で床に突っ伏す… 「北斗…」 脇の下に両手を入れて持ち上げると、顔をぐしゃぐしゃにして泣いている… 「…そんなに嫌なの?」 俺がそう聞くと、俺の体に抱きついてグスグスと泣き始める。 「上手に弾けたもん…だって、上手に弾けたもん…」 悔しいの…?修正が入る事が、悔しいの? 「じゃあ…ここはどんな気持ちで弾いたの?」 彼を抱いたまま楽譜を取って、ピアノの椅子に座りながら尋ねる。 「…エイって気持ちで弾いた…」 「この曲で、ここはどんなところ?」 「記号だと…他よりもゆっくり弾く所。」 そうだね、記号だと他よりもゆっくり弾く所だ。間違ってないよ。 「じゃあ、北斗はどんな時ゆっくり話すの?」 彼を膝に座らせて、正面から向き合って尋ねる。 少し考え込む様な素振りを見せて、俺を見つめて言った。 「悲しい時…」 北斗の頭を撫でて顔を覗いて言う。 「じゃあ、ここを弾く時は、悲しい気持ちになって弾いてみてごらん。そうすると、この曲に情緒が入って行くよ?」 「要らない…そんなの要らない…」 そう言って俺の体にべったりとくっ付いて、またグスグスと泣き始める… ダメだな… もう、今日はダメだ。 「北斗、公園に行こう。」 俺はそう言うと、彼にコートを渡す。 北斗は嬉しそうな顔をして、俺の後ろを付いて来る。 自分のコートを掴んで、北斗の父親に外出する旨を伝える。 「外で練習してきます。」 「はい~」 こちらに視線も向けないでそう言うと、北斗の父は楽譜を漁る。 「理久?何処に行く?何をする?」 すっかりご機嫌になった北斗は俺の手を握って尋ねてくる。 全く…現金な奴だ。 「遠くまで行こう。」 そう言って靴を履くと、嬉しそうに自分の靴を履いて俺の手を掴む。 そして、キラキラした笑顔で俺を見上げて、にっこりと微笑む。 彼にマフラーと帽子を付けて、手袋をはめる。 そして、手を握って一緒に玄関を出る。 頭の中にSaturday in the Parkが流れ始める… 全く…俺もこの子に感化されてしまったのかな… ミュージックボックスが頭の中にある様に、シチュエーションに合わせて選曲されて、BGMの様にして流れ始めるんだ。 嫌いじゃないよ。 ただ、たまに意外な選曲を見せる自分の感性に笑っちゃう時があるんだ。 今日は、公園つながりで、この曲を選曲したようだ。 悪くないね…良い曲だ。 だいぶ溶けて崩れかかってる理久ダルマと北斗ダルマに挨拶をして、北斗が言う。 「だめだ。死んでる。」 そう言って俺を見る表情が、何とも言えずおかしくて吹き出して笑う。 「全く…変な事ばかり覚えるんじゃないよ。」 俺がそう言うと、キャッキャッと笑って走り出す。 それがとても遅いんだ…牛歩なんだ。 簡単に追いついて危なっかしい彼の手を握る。 何時間もこもって練習するよりも、こうやって外に連れ出してあげた方が良いんだ。 この子の気も少しは晴れるだろう。 「理久~?星ちゃんが、この前お魚釣ったんだって。」 星ちゃんは北斗のお友達だ。 前に一回公園で遊んだ事がある。 とっても利発な子で、感心したのを覚えている。 北斗とは、真逆の子だ。 「お魚?海に釣りにでも行ったの?」 信号で停まって、北斗を見下ろして尋ねる。 彼は俺を見上げて言った。 「釣り堀だって~?」 釣り堀ね…。 「じゃあ、釣っても持って帰れないのかな?」 俺がそう聞くと、北斗は笑いながら教えてくれる。 「違う。持って帰って食べたって言ってた。星ちゃんが釣ったのはこんくらいで…お父さんが釣ったのはこんくらいの大きさだって?」 「それは…大きいね…」 身振り手振りで大きさを教えて、とても楽しそうに話す。 この子は星ちゃんが大好きなんだ。 彼の話をするときだけは純真な子供のままで、のびのびと話してくれる。 本当はこんなに素直でかわいい子なんだ。 嫌なんだよね。 無理やりやらされることが、どうしても納得できないんだ。 「理久~?電車するの~?」 俺が駅の方へ向かっている事に気付いたのか、北斗がそう聞いて来る。 この子は乗り物酔いしやすいから、電車に警戒してるんだ。 「そうだよ。でも、普通の電車じゃないよ?チンチン電車だ。」 俺がそう言うと、北斗がケラケラ笑って言った。 「理久はスケベだ!スケベ~!」 指を差して大声でそう言うから、周りの通行人が怪訝な顔で俺を見る。 「違う…そういう呼び方の電車なんだ。」 俺はそう言って北斗を引っ張る。 「ちんちんの電車って…スケベしか乗れないんだよ?」 もう好きにしてくれ… 「理久はスケベだから乗れるけど、俺は乗れない。だって、スケベじゃないから。」 これで小学校2年生なんだ。 よく言えば天真爛漫。 悪く言えば幼稚…幼い…。 今どき、バイオリンを習うような子供は年長さんでもしっかりしているというのに… それでも、可愛い事に変わりはない。 北斗と手を繋いで、駅まで歩いて向かう。 「あれ~?思ってたのと違う。」 一体何を想像していたの? 路面電車のホームに着くと、ホームに現れた電車にそう言って首を傾げている。 造形がそれだったら、もはや街中を走る事なんて出来ないだろうに… お前の頭の中では一体どんな電車が走ってたんだ…! 「理久?これはちんちんの電車じゃないよ。次来るかもしれないから待つ?」 「良いんだよ、これで。」 俺はそう言って北斗を連れて電車に乗る。 2車両だけの外が見える小さなローカル線の路面電車だ。 「山下まで行って羽根木公園に行こうか?」 「ん~」 北斗はそう生返事をして、窓を開けたがる。 酔うのが怖いんだ。 窓を開けて椅子に座らせる。 顔に風を当てて口を開けて喜んでる北斗を、すぐ傍に立って見下ろす。 こうしてると乗り物酔いしないって思ってるみたいだ。 ケラケラと笑って、あんなにごねて泣いていたのに…全く。 「理久~?バイオリン持ってあげる~。」 そう言って俺が手に持ってるバイオリンのケースを自分の膝に置いた。 優しい子なんだ。 「北斗、パリに行く話。知ってると思うけど、俺と行く事になってるよ。構わないだろ?」 俺がそう聞くと、北斗は上を見上げて言った。 「良いよ。理久と一緒なら良い。」 そうか… 随分、信用されているんだな。 光栄だよ。 それとも、構ってくれる大人なら誰でも良いのかな… 親に構われていないせいか、近くの大人を小間使いの様に使う所がある。 見た目が可愛いのと、他人の子供だから、みんな言う事を聞いてしまうんだ。 だから、この子は味をしめて、甘えたい時は優しそうな大人を狙う。 うがった見方をしてる、俺の勘違いかもしれないけど。 愛情が欲しくて、そうしてる様に思えた…。 目的の駅までやってきて、北斗の手を繋いで少し歩く。 「危ないからこっち側を歩きなさい。」 俺がそう言うと、キャッキャッと笑って俺の腕にしがみ付く。 「理久?俺、おちんちん、怖くなかったよ?」 色々はしょって言うんじゃないよ…誤解が生まれるだろ? 「そう…良かったじゃん。」 そう言って北斗と一緒に公園まで行く。 そこは勾配の利いた上級者向けの公園だった。 「うわ~!理久~!みて?段ボールに座って滑るやつ、やりたい!」 勾配の利いた坂を段ボールに乗りながら滑って降りる子を見て、北斗が興奮して話す。 あんな遊びして、怪我でもしないか心配だよ… 「もっと安全な物で遊びなさいよ。例えば、砂場とか…」 俺はそう言って赤ちゃん達が遊ぶ砂場を指さす。 平和という言葉がピッタリの落ち着いた雰囲気だ…。 「やだよ~!」 北斗はそう言うと、上級者向けの遊び場へと走って行った。 土肌がむき出しの斜面は、段ボールで滑りすぎたせいか、摩擦によってツヤツヤと艶まで出ている… これは…スピードが乗りそうだな。 北斗と一緒に眺めていると、上の方からすごいスピードで子供たちが滑り降りて来る。 「うひょ~!!」 すっかり興奮した北斗は上の方へ頑張って登り始める。 北斗の小さいお尻を見ながら一緒に斜面を登る。 「理久…押して…疲れた~」 そう言って俺に体を預けようとするから俺は北斗の小さいお尻を押した。 何だこれ…プニプニしてる… いつも抱っこして触ってる筈なのに、こうして後ろから押してみるとまた違った感触がするんだな… 不覚にも感触の虜になって…彼のお尻をモニモニと揉んでいると、北斗の足が止まる。 そして、俺を振り返って大きな声で言った。 「やだぁ、ん、もう!お尻触んないで!えっち~!だから理久は、すけべなんだ。そして遅いおちんちんなんだ!」 …最悪だ。 その場に居合わせた母親たちの冷たい視線を受けながら、北斗を段ボールに乗せる。 「絶対手を離すなよ?」 「は~い!」 「あの…お子さんですか?それとも…」 「あ、自分の子供です…」 母親からの詰問を受けて、俺は咄嗟にそう答える。 「理久~!り~く~!あ~~~ははは!」 俺の名前を叫びながら、北斗が段ボールで下に落ちていく。 「絶対離すなよ~~~!」 そう言いながら落ちていく北斗の後ろを慌てて追いかける。 「あはははは~~~!!」 大笑いしながら滑走していく北斗に安心しつつ、坂道を走って降りる危険を思い知る。 ツルツルの斜面に足を取られて、俺が派手にすっ転ぶ。 「あ~~!理久~~!」 北斗は転んだ俺を見ると、慌てて駆け寄って救護する。 「衛生兵!衛生兵!」 「全く…そんなのどこで覚えたんだ。」 俺がヨロヨロと起き上がると、俺の体を支える様に傍に立って近くのベンチに連れて行ってくれる。 とっても優しいんだ。 「理久?バイオリンを守ったの?偉いね~?」 俺の頭を撫でてそう言うと、頬にチュッとキスをする。 転んだ時、咄嗟にバイオリンを抱えた事を誉められた。 「痛いとこ、な~い?大丈夫~?泣いてない?」 まるで大人の様にそう言って、転んだ俺を過剰に心配する。 俺の頬を小さな両手で包んで持ち上げる。 目に涙が無いのか確認して、にっこりと笑う。 「また滑ってくるから、お利口に、ここで待ってるんだよ?」 北斗はそう言うと、えっちらおっちら坂道をまた昇っていく。 不覚にも、彼の小さいお尻をいやらしい目で見つめる自分が居る事に気付いて、咄嗟に視線を外す。 どうかしてる… これではあの母親たちの思った通り、只の変態じゃないか。 確かに北斗は可愛い顔をしてるし、よく懐いてくれてるし、甘えてくれる。 でも、だからって、そんな邪な感情を持つなんて…どうかしてる。 まだ8歳だぞ? それでは…まるで、ロリコンじゃないか…!! 「理久~~~~!!」 俺に手を振りながら目の前を段ボールで滑り落ちる北斗を見送る。 あの子は特別な子なんだ。 だからロリコンじゃない…。 言うなれば感性に惚れているとでも言えるのか…そういった思いだ。 それ以上の物ではない。 「理久?凄い早かっただろ?もう一回行ってみる!」 北斗はそう言うと、俺の頭を撫でて、上へとまた登って行った。 彼の背中を見送って、また小さいお尻を見る。 例えばだ… 今まで経験した男性とのセックスを彼に置き換えて考えてみよう。 目を瞑って、頭の中で想像してみる… 裸の8歳の北斗が…ベッドに寝て…俺を見上げてぼんやりした顔で言う。 「理久…遅いおちんちんなんて…やだ…」 ぷっ! 1人勝手に想像して吹き出す。 ありえない! ありえないよ! そう思う自分にホッと安心する。 「理久~~~~~!!」 目の前をすごいスピードで駆け下りて、最後の最後で北斗が派手に転んだ。 「あっ!大変だ!」 「うわあん!うわあん!」 大泣きしながら俺の所に走って戻って来る。 「骨折れたの…骨、折れちゃったの!」 そんな物騒な事を言うけど、どこも怪我している様子が無くてホッと胸をなでおろした。 「大丈夫…服が汚れたけど、どこも怪我していないよ?」 大泣きする彼にそう伝えると、俺の顔を見て尋ねる。 「ほんと?」 「ほんとさ。」 流した涙をそのままに、自分の体のあちこちを見回し始める。 「ここが痛い…」 そう言って肘を差し出すから、撫でてあげる。 「…ここも痛い。」 次は膝を差し出すから、そこも撫でてあげる。 俺の顔をじっと見て、最後に頭を触りながら言う。 「…ここも…痛いの…」 上目遣いしてるときは、大抵嘘を付いてる時だって知っている。 でも、俺は彼の頭を撫でて言った。 「痛いの痛いの、飛んでいけ~!」 「んふふ、んふふふ!」 楽しそうにそう笑って、北斗は満足したようだ… 可愛いな。 本当に純粋で無垢だ。 「そろそろ帰ろうか…?」 周りの子供たちも家に帰り始めて、日も傾いて来た。 「理久のお家に行く?」 とんでもない! 俺は北斗の手を握って、帰り道を歩き始める。 「理久のお家はどこにあるの?」 「ずっと遠くだよ?何個も電車に乗るんだ。地下鉄ばっかりで、ずっとユラユラするよ?」 そう言って彼の興味が俺の家から無くなる様に嘘を吐く。 「…電車」 そうだよ?北斗は電車が大嫌いだろ? 「ん…電車?」 まだ言ってる… 「そうだよ?電車に何個も乗るんだ。」 俺がそう言って彼の手を握ると、しょんぼりした表情で俺を見上げる。 どうしたの… 俺の家に来たかったの? 俺の家に来て…どうするの? ずっと甘えていたいの? それは…可愛い。 そんな事を思った自分にハッとする。 いけない! いけない道に進んではいけない! 「さぁ、暗くなる前に帰ろう。」 そう言って来た道を戻る。 彼は俺の腕に寄り添って、離れたく無さそうにしている。 「理久…ちんちんは怖くないよ。だから帰りたくないよ…」 路面電車を待つホームで、帰りたくないと北斗がごね始める。 俺は彼を見下ろして言った。 「ご飯を食べないとお腹が空いちゃうよ?」 「…どうせパンだもん。」 可哀想に… 「じゃあ…俺が何か作ってあげよう。ね?家に帰ったら、ご飯を作ってあげるよ。」 俺がそう言うと、北斗の顔が少しだけ明るくなる。 この子をあの家に置いて行くのが忍びない… この子の音楽家庭教師になってからもう1年半以上経つ… この子を知れば知るほど、置かれている状況が…可哀想に思えてくるんだ。 こんなに甘えん坊なのに…真逆と言って良いほどに、無関心な両親。 愛情を欲しがって、どれほど頑張っても、いつも肩透かしを食って、1人泣いてる… 可哀想だ。 「理久…やだぁ。ちんちん嫌い…」 さっきと真逆の事を言って俺の足にしがみ付く。 ホームに電車が入ってきて、北斗を抱き上げて電車に乗る。 ムスくれた顔をして俺を見つめるけど、大人しく乗り込んだ。 分かってるんだよね…帰らなきゃいけないって… それでもごねてしまうんだ。帰りたくないって… 他のお客さんは寒くて迷惑だけど、北斗の為に窓を開けてあげる。 「んふ。風が当たる。」 満足そうにそう言ってるけど、表情は暗いままだ。 フランスに…この子と二人で行く… 俺は大丈夫だろ? 変な気を起こさないでくれよ…。 「理久?おちんちんが遅いのはどうして?」 周りのお客さんがギョッとして俺を見る。 「…路面電車は遅いんだよ。」 俺はそうスマートに答えて、動揺を隠す。 「…ん、じゃあ、どうして理久のおちんちんは遅いの?」 「北斗…誤解を生むような事を言うんじゃないよ。」 前屈みになって、椅子に座る北斗に目で“いけないよ”と、注意する。 「んふふ…誤解…?」 意味深に北斗はそう言って俺を見つめて微笑む。 やめなさい。 周りの人が本気で誤解するじゃないか… 悪魔のような子だ。 電車を無事に降りて、北斗と一緒に家路を急ぐ。 「理久…帰りたくないよ。一緒に居て…寂しいの。」 そんな事を言うなよ…連れて帰りたくなるじゃないか…全く。 彼女にも、彼氏にも、そんな事を言われても動揺しないのに、こんな小さい子に言われて動揺する自分に戸惑う。 …これは慈愛だ。 慈愛。 「大丈夫だよ…」 大丈夫な訳無い。 あんな親の元に返すくらいなら、家に連れて帰って一生甘やかして暮らさせたい。 ずっと抱っこして、地に足付けない人生を送らせてあげたい… そして、大きくなったらあわよくば… いかんいかん! 傍らの北斗を見下ろす。 大きめのニット帽の先に付いたボンボンがユラユラ揺れて可愛い… 俺の手を握る手はしっかりと硬く握られている。 「北斗…ご飯何食べたい?」 「…要らない」 視線も寄越さないで、そう言って口を尖らせる。 全く…可愛いんだ。 スーパーに寄って適当な食材を買う。 北斗には楽しそうなお菓子を買ってあげる。 これで少しは機嫌が良くなった。 「理久?色が変わるんだって?凄いね~?どうしてだろうね~?」 買ってあげたお菓子を手に持ってニコニコ笑いながら家路に着く。 「さぁ、どうしてだろうね…」 俺はそう言って彼の後ろを歩いて付いて行く。 家に着くと、案の定。彼の家は両親の部屋以外、暗いままだった。 誰も居ないリビングと、誰も居ないキッチンへ向かう。 「いつもこうなの?」 キッチンに立って俺の後ろを付いて回る北斗に聞く。 「…ん」 そう言って俺の手を握りたがるから、北斗に言う。 「これからお料理するから、手は繋げないよ?」 「…じゃあどこを触ったら良いの?」 それは… 少し考えて右足を差し出した。 「ここ…」 「ん」 北斗は短くそう言うと俺の足に手を回す。 彼の小さい手の平が、太ももを撫でて、こしょぐったいな… 買ってあげたお菓子を開けないで、ずっと俺の後ろを付いて回る。 俺が料理を始めると、北斗の母親が部屋から出てきて、驚いた表情をする。 「ご飯を作ると約束したので、少しお借りしています。」 そう言うと、そうなの…と呟いてリビングへ向かった。 一応食事の時間にはこの子を見に来ている様子に、少しだけ安心する。 「理久…理久…ギュッてして…」 包丁を握ってる時にそんな危ない事言うんじゃないよ… 「見て?今、両手が塞がってる。無理だ。」 俺はそう言って俺の腰に顔を項垂れる北斗に、両手を見せる。 「ん、やだぁ…俺がしてって言ったらしてよぉ…」 そう言って俺の体をガシガシと揺するから、危なくて包丁が使えない。 全く… 俺は包丁を置いて、しゃがんだ。 「おいで」 そう言って手を広げると、嬉しそうに微笑んで北斗が抱きついて来る。 「ほら…ギュ~」 俺はそう言いながら北斗をギュッと抱きしめる。 「理久…離さないで…」 離さないさ… こんなに可愛い子…離すものか… 「はい、ご飯作るから…」 俺はそう言って立ち上がると料理の続きをする。 ずっと腰に付いて離れない北斗を付けたまま、人の家で作る…ハンバーグ。 簡単に火が通る一口サイズの塊を沢山作って、フライパンで焼いていく。 彼女にも、彼氏にも、作ったことの無い手料理をこの子に振舞う。 押しに弱いのかな…いや、この子は特別なんだ。 「北斗…美味しい?」 テーブルにハンバーグを乗せたお皿を乗せて、北斗に食べさせる。 元気のない顔をして、俺の作った一口ハンバーグを口に入れる。 「…美味しい…」 そう言っておれの隣に座り直すと、そっと体を寄り添わせる。 「理久…一緒に居て…」 だめだよ…。 8歳の子供の項垂れるうなじを見て、変な気が起こりそうな自分を戒める。 「北斗、もっと食べないと大きくならないよ?」 「理久?パリはどんなところ?」 北斗がそう言って俯きながらハンバーグを食べる。 「そうだな…スリが多いよ。」 俺はそう言って北斗のうなじを撫でる。 細い首…綺麗だ… 彼の柔らかい産毛が指先に触れて、吸い付きたくなる。 「スリって…泥棒?」 下を向いたままハンバーグを食べて北斗が聞いて来る。 「そうだよ…悪い人だ。」 すっかりうなじの細さに夢中になって、そのまま北斗の服の中に手を滑らせる。 「ん…!」 感じたみたいに体を反らして、北斗が俺を睨んで言う。 「こしょぐったい!」 手のひらに触れた、この子の背中の素肌に… …勃起した… バシバシと北斗に殴られながら、放心する。 どうしよう…! 俺は席を立つと、急いで帰り支度を始める。 「それでは…遅くまで失礼しました。」 リビングに居る母親にそう挨拶して、コートを持って急いで玄関へ行く。 「理久!なんで?怒ったの?」 そう言って俺のコートを掴んで北斗が踏ん張る。 「違うよ。余り遅くまで居るのは失礼だから、今日はもう帰るんだ。」 俺は彼と目を合わせないでそう言うと、掴まれたコートを引っ張った。 「あっ!」 手を離さない北斗が、コートと一緒に俺の方へ倒れて来る。 「おっと!」 慌てて体を支えると、彼の細い腰を掴んだ。 堪らない! そのまま抱き寄せて、締め付ける。 両手が勝手に彼の服の下に手を入れて体を弄る。 「ん…!理久…なんだぁ…!」 北斗がそう言って俺を見て睨んで暴れる。 柔らかい素肌に、細い腰… 感度の良さそうな反応に、この子の表情… 堪らない…! そのまま北斗の顔に顔を寄せる。 まるで抑えが効かなくなった変態みたいに、俺は北斗の唇にキスをする。 それは8歳の子供には、決してしてはいけない舌を入れたキスだ… 俺のキスを嫌がらないで受け入れる北斗… 「りくぅ…はぁはぁ…やだぁ…」 トロけて潤んだ瞳、よだれを垂らすピンクの唇…頬がうっすらと紅潮して… 唇を外した時のこの子の表情が、声が…酷く官能的で、頭の中がおかしくなる。 はっ!いけない! 俺は我に返って、放心するあの子を置いて、急いで玄関を出る。 頭の中で北斗が弾くハンガリー舞曲が流れ始める… それは感情に任せた、むやみやたらに搔き鳴らされるバイオリンの音色… 大変だ!大変だ! 変態になってしまった! 勃起した股間が痛い位に興奮してる。 「なんてこった~~~!!」 慌てて彼女に電話する。 「もしもし?今日空いてる?今すぐ会いたいんだ…!!」 電話口の彼女はひどく驚いた様子で、すぐに会いに来てくれるようだ… やばい…ヤバイ…! 小さな少年に欲情してしまった!! 「なんてこった~~~!!」 1人興奮して道行く人を怖がらせる。 落ち着くんだ…落ち着くんだ…。 息を深く吸って、深く吐く…。 何てことだ…北斗の体に触れて、あの子に舌を入れてキスした。 柔らかい唇…とろけたような瞳…小さくて滑らかな舌… 堪らない…! 「あっ!」 自分の頭の中をコントロールできない!! 早歩きで駅へ向かう。 なるべくあの子の事を考えない様にして、電車に揺られる。 ジッと吊革を掴まる自分の手を見つめる… ハンバーグの香辛料の匂いが残る手… この手に…触れた…感覚がまだ残ってる… 自分の手のひらに触れた細い腰…滑らかな肌…あの表情…あの声… 堪らない…抱いてしまいたい。 「ぐっ!」 吊革に掴まって1人呻き始める俺の周りから人が居なくなる。 どんどん変態になっていく…! まるで満月を見て変身を止めることが出来ない狼男の様に… 北斗を見て、変態になる事を止められない…!! 目の前の椅子に座るおばさんを見て放心する。 彼女はひどく怯えた目をして俺を見つめ返す。 「どうしましょうか…」 そうおばさんに尋ねると、隣に居たサラリーマンが俺に言う。 「あんた、悲しい事でもあったのかい?」 いや、特に悲しい事は何もない…強いて言えば… 「どうやら…リミッターが…外れたようだ。」 俺がサラリーマンにそう呟くと、次の駅で駅員に降ろされる。 「大丈夫ですからね~?」 こなれた様子で駅員が俺を宥める。 完全に変態扱いだ…! 「いえ、考え事をしていただけなんです…すみません。」 俺はスマートにそう言って、駅員に普通を装う。 どうしよう…あんな小さい子供に欲情するなんて…変態以外の何物でもない! 俺は今度あの子と一緒にフランスに行かなきゃいけないんだ。 手を出してしまいそうで…怖い。 最低だ…俺は最低の大人だ… 「何て事だ…小さい少年に勃起するなんて…!!」 駅員に見守られながら、項垂れてそう呟くと、紺色の服の警察官が来た。 変態の容疑で逮捕されるんだ… 「大丈夫?お兄さん酔ってるの?」 大きな声で警察官にそう聞かれる… 仕方がない… 「あれ~?ここ、どこだろう~?うへへ~。」 俺はへべれけに酔っぱらったふりをする。 「仕方ないね。お兄さん、家の住所分かる?タクシーに乗せて連れてってもらおう?」 警察官がそう言って俺を駅の外に連れて行く。 俺は酔っぱらったふりを続けながら、本当に頭の中を混乱させていた。 どうしたら良いんだ… 「北斗~~~~!!!」 「おっ!びっくりした。」 警察官が俺の心の叫びに驚いて、慎重にタクシーに乗せる。 「運転手さん、この人酔ってるから、気を付けて…」 そう告げると、警察官はお役御免とばかりにタクシーのドアを閉める。 「…お客さん…どちらまで…?」 酷く怯えた声でタクシーの運転手が俺に尋ねる。 俺は姿勢を正して、自宅の住所を伝える。 タクシーが走り出して、窓の外を見つめる。 北斗…俺はどうやら、変態になってしまった様だ… お前の色気に…やられた様だ… あのまま連れて帰って…犯してしまえば良かった… 「はっ!何てことを考えるんだ!!」 咄嗟にそう怒鳴って、タクシーの運転手を怖がらせる。 自宅までタクシーで帰って、家の前で待っていた彼女と出くわす。 「理久…大丈夫?」 そう言って俺に抱きついて来る彼女と、なだれ込む様に部屋に入る。 そのまま彼女の服を脱がせて自分の服を脱ぐ。 「理久!どうしたの?急に…そんな…うふ…」 喜んでるような声を出しながら彼女は俺を見上げる。 「やりたいんだよ…良いだろ?」 俺はシャツを脱ぎ捨てて眼下の彼女を見下ろす。 「…うん。良いよ…」 そう言って自分の下着を脱ぎ始める彼女を、抱きかかえてベッドまで連れて行く。 「あぁん!理久!激しい!」 口元を緩めながら彼女はそう言って、俺を見上げる。 北斗…北斗… 頭の中にあの時のあの子の表情が浮かんで、一気に勃起する。 「あぁ…堪らない…!!」 そう言って、目の前の彼女を抱きながら、北斗を思い出す。 最低だ…でも、あの子で抜かないと…この感情が治まりそうにない…!! 「理久…凄い!激しい!!」 彼女の歓喜する声を耳に入れないで、あの子の感じた声を思い出す。 俺の手の平があの子の背中に触れて…小さく漏らした喘ぎ声…!! 堪らないんだ…! 北斗! 抱いてしまえばよかった…!! あのまま感情に任せて、小さなあの子を自分の欲情のままに、犯して、抱いて、自分の物にしてしまえば良かった!! 畜生! 「理久…すごく良かった…」 ベッドにうつ伏せて寝る俺の背中に彼女が指を這わす。 北斗…次に会った時、どんな顔をしたら良いのか…分からないよ。 「もう…帰って良いよ?」 俺はそう言って彼女に背を向けてベッドの中に潜る。 「…何よ…クズ!」 あぁ…俺はクズだ…クズの変態なんだ… 北斗…可愛い俺の愛しの北斗… お前の素肌に触れただけで、俺はこんなに乱れてしまった… お前の小さくて艶めかしい舌が忘れられないんだ。 明日も明後日も、レッスンの予定が入っている… どうしたら良いんだ… 「ばっきゃろ~!」 彼女はそう言って布団の上から俺を蹴飛ばすと、凄い音を立てながら玄関を出て行く。 多分フラれるだろう…。 仕方がない、だって俺は変態なんだ… 北斗…可愛い俺の北斗… 抱いてしまえば良かった…あの子の目を見つめながら犯してしまえば良かった… 泣いて嫌がっても、無理やりにでも、犯せばよかった… 「もしもし…今から家に来れないか…」 今度は男に電話を掛ける。 肌の柔らかさは女で良い…造形は…男で紛らわさないと…北斗を再現できない。 だってあの子は男の子だから… 「理久…どうしたの?」 訝しがる彼氏をベッドに呼んで、フェラチオする。 北斗のモノを咥えてる気分になって、興奮する。 北斗…北斗…気持ち良いだろ…良いんだよ、白いの出して、良いんだよ? 最低だ… 相手の中に自分を押し込んで、腰を動かす。 このままクッションで顔を隠してしまいたい気分だ… 感覚だけで良い… 声も、表情も、間に合ってるんだ… 俺が今必要なのは、自分のモノを締め付ける穴と、抱いた気になる体だけだ。 お前も、彼女も必要無いんだ… ただ、北斗の代わりになる体を探してるんだ! 「理久…今日はとっても激しかったね?」 ベッドにうつ伏せて寝る俺の背中に彼氏が指を這わす。 「もう…帰って良いよ?」 そう言って布団の中に潜り込む。 悲しそうに、そう。と呟いて彼氏が玄関を出て行く。 きっと…フラれるだろう。 仕方がない…俺は変態だから。

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