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第9話

それから俺の身に異変が起きたのは、間もなく、翔琉が三十回目の誕生日を迎えようとしていた三月の始めのことだった。 あろうことか、すっかりこの時の俺は、元日の夜のことなど忘れていたのだ。 最終的に、俺はΩのように項を咬まれ、これがオメガバースであったら翔琉と番のような関係になってしまったことを。 きっと、俺の二十歳の誕生日でもあるバレンタインデーに、いつも通り“超”がつくほど、ラグジュアリーホテルで翔琉から溺愛されトロトロにされ、チョコまみれで愛された記憶が強烈だったからかもしれない。 否、もしかすると翔琉が記念すべき三十代になるということで、プレゼントは何が良いか。今年も必死で知恵を絞り、毎日、誕生日プレゼントのことをフルスロットルで考え、頭がいっぱいだったせいもあるかもしれない。 微かな不調が現れたその頃は、そう思い込んでいたのだった。 いよいよそれが、思い込みでないのだと俺が察したのは、翌日にいよいよ翔琉の誕生日を控えたホワイトデーの日のこと。 今年も悩みに悩んで、だいぶ背伸びをして銀座のお洒落なレストランにバースデーディナーを予約していたのだが。 「――颯斗」 遠く、東京タワーを間近に臨めるリビングから翔琉が俺を呼んだ。 ここです、と答えたかったが、今日は目が覚めた瞬間からどうにも気分が悪い。 明日は、待ちに待った翔琉の誕生日だというのに。 否、実際のところ、ここ最近ずっと微熱が続いているだろうことは薄ら自覚していた。 体温を測っていない為、正確には何度あるのか分からない。 だが、測ってしまったら最後。熱を認めざるを得ないので、ずっと騙し騙しそのまま放置していたのだ。 それでも、翔琉の誕生日プレゼント代を少しでも稼ぐ為にバイトへ行かねば、と多少無理をして、この家から目と鼻の先にあるバイト先のカフェへ気力だけで何とか通っていた。 そもそも今まで、自転車に乗って実家へ帰ることは、俺にとって苦でも何でもなかったはずだ。 微かな不調と共に、俺の意識を変えるには十分な、ショッキングな出来事が三月に入って突如、この身に起きたのである。 都内外れにある実家と六本木にあるカフェを一往復をしただけで。たったそれだけのこもで、何故だかその日の俺はぐったりとしてしまったのだ。 翌日、とてもじゃないが店まで自転車を漕いで行く気力はなく、めずらしく当日欠勤してしまった。という、ことがあったのだ。 翔琉はこのことを知らない。 何となく、知られたくなかったのだ。 今思えば、これが長い体調不良の始まりだったのだろうと思う。 しかしこの時の俺には、そんなことすら気が付く余裕もなく。 大学生になり、翔琉の家に泊まる回数が増え、自転車に乗る機会も減り、一気に体力が衰えてしまったのだろうか。などと、独り分析していたのである。 だから不本意ながらも、翔琉の誕生日プレゼント代を稼ぐまでは、この男の家に居座ってやろうと決意したのだった。 もちろん、帰宅したら俺が毎日家にいるのだから、翔琉の機嫌はこのところ最上級に良い。 しかし。 とにかく今朝、俺は完全にベッドルームから抜け出せないでいた。 ああ、マジでヤバいかも。 何だ、この絶不調は。 日に日に、悪くなってきているような。 本格的に、風邪――引いたかなぁ。 大学が春休み中で、助かったかも。 ていうか、何故あんなにも毎晩密着してイチャイチャしているのに。 俺より十も年上だというのに。 翔琉の方が、元気――なんだ?! 絶対にこの不調、翔琉が俺の若さを十年分吸い取ったせいじゃないか? 世の中、不公平なことばかりだ。 身も心も、やり過ごせない程の不快感を抱え、俺は執拗に身体の向きや位置を変え、不貞寝する。

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