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第10話
「颯斗?」
再度、俺の名を呼ぶ翔琉の声と共に、その足音が次第にベッドルームへ近付いてくるのが聴こえた。
俺からの返事がないことに訝しんだこの家の主は、やがてベッドルームのドアを勢い良く音を立てながら開ける。
「颯斗、ここにいたのか」
安堵した声の翔琉は、絶不調の俺に気が付いた素振りもなく、取り敢えずその脇へと腰掛ける。
既にその姿は一部の隙もなく、“超人気俳優龍ヶ崎翔琉”となっていた。
否、翔琉はいつも隙がないのだが。
仕事となると、より一層隙がなくなり華やかな芸能人オーラが全開となるのだ。
背を向けていた俺は、
「もう……仕事へ行く、時間ですか?」
と、いつもより張りのない声で翔琉に尋ねた。
「ああ、そうだが――いつもより元気がないな。どうしたんだ? 心配だ」
背を向ける俺に寄り添うように、翔琉は覆い被さり、そっとその耳朶を濡らすように囁く。
いつもであれば、すぐ様俺の下腹部が否が応でも反応してしまうが、今日に限ってはそれ以上に気分不快の方が勝っていた。
やはり翔琉にはその変調を気付かれたくなくて、咄嗟に俺は布団で顔を隠す。それから無理やりいつものように、減らず口を叩いてみせる。
「――それは、誰かさんが……毎晩、毎晩手加減なしで俺のこと……っ」
口にしながら、つい俺は赤面してしまう。
布団から素早くその大きな手を割入れ、翔琉は優しく俺の額へそれを充てた。
「少し、熱があるようだな。病院、行くか?」
心配した口調で、翔琉はこちらの体調を窺う。
「大丈夫、です。寝てればきっと治ると思うんで」
ひんやりとした翔琉の指先が心地好い。
やはり、熱があるのだと俺は再認識する。
「それより……翔琉、今日も撮影、ですよね? 主役が穴を空けるわけにはいかないので……行って、下さい」
本当は心細かった。
体調が悪い時に独り、だなんて。
傍にいて欲しい。
傍にいて、ずっとギュッと抱き締めていて欲しい。
以前はこんなこと、思いもしなかったのだが。
翔琉と出逢って、大事にされて、幾つもの季節を共にして。
いつの間にか俺は、翔琉によって変わってしまったのだ。
翔琉なしではいられない、寂しがり屋の“高遠颯斗”に――。
「……分かった」
俺から名残惜しそうに、翔琉は身体を離す。
背後に後ろ髪を引かれるような感覚を覚え、寂しい気持ちがより一層募る。
行かないで。
翔琉、行かないで。
だが、我儘で困らせたくない。
心の中でそう唱え、俺は布団の端をギュッと握った。
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