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第17話
久しぶりに、身体が軽かった。
今までの体調不良は一体、何だったのだろうかと。
バイト先への足取りも軽く、歩いてすぐに着いてしまった。五分もかからない距離を、休み休み歩いていたつい昨日までが、信じられないほどに。
だが、変調は容赦無くすぐに現れた。
まるで、俺を嘲笑うように。
職員用のロッカーに着いたところで、また身体に熱を感じ始めたのだ。
ダメだ。
ぼうっとする。
こんな調子で夜まで持つのだろうか。
いつものギャルソンの服へ着替えながら、俺は誰もいない更衣室で、独り溜息をつく。
どうしたんだろう、俺の身体……。
今すぐ帰って、横になりたいけど――でも、明日は翔琉の誕生日で休みを貰っているから、今日休む訳にはいかないのだ。
学費のことだってあるし。
更衣室へ備え付けられた姿見で、外見をチェックした俺は、ふらふらとした重い足取りでフロアへ出る。
「おはようございます」
フロアとバックヤードを繋ぐ通用口から出て、俺はすぐ様挨拶をした。
「おはよ、」
すぐ近くにいた三十代前半の副店長がそう言いかけたところで、慌てて俺の方へ駆け寄る。
「高遠君、どうしたの?」
酷く心配した口調で、俺より低い位置にある顔がこちらを覗く。
「何がですか?」
フロアに出てすぐ、秒で体調不良がバレてしまったのかと察し、俺はわざと平気なフリをして見せる。
「だって、真っ青な顔、してるよ? 調子が悪いんじゃないの? というか、あまりこのところ調子が良くなかったよね?」
今朝の翔琉に続いて、副店長にも体調不良を指摘されてしまう。
これで二人目だった。
目に見えて分かるほど、やはり最近の俺は参っていたのだと知る。
「今日は、休んだ方がいいんじゃないかなぁ?」
心優しき提案に、俺は「大丈夫です」とぼうっとする頭で答えた。
「でも……」
尚も副店長は引き下がろうとせず、歯痒そうに俺の顔を見つめている。
「だったら高遠は今日、キッチン担当だ。皿洗いとか、水汲みでいい。休み休みでいいから無理はするな」
貧乏な俺の家庭事情を知っている三十代半ばの店長は、配置転換の指示を出した。
今の体調では、長時間の立ち仕事は無理だろう。薄々勘づいていた俺は、有難い申し出に、深々とお礼の意を込めたお辞儀をした。
早速俺は、そのままキッチンへ向かったが、そこへ入った瞬間、胃部の不快感を覚える。
ううっと口元を押さえ、その波をやり過ごそうと、そこで立ち止まった。
「高遠君、大丈夫?」
背後から副店長が声をかける。
ダメです。
気持ち悪くて、吐きそうです。
そう言いたかったが、まだバイトへ来たばかりだ。帰る訳にはいかない。
収まった波を乗り切り、俺は振り返りながら苦し紛れに笑って見せた。
次から次へと出来上がっていく料理を目にした俺は、いつもだったら腹の虫がなるほど好きな匂いばかりだ。
あ、もうこれはダメだ。
咄嗟にそう判断した俺は口元を押さえ、そのままスタッフ用のトイレへ飛ぶように駆け込んだのだった。
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