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第18話
それから少しの後、トイレのドアを申し訳なさそうにコンコンと副店長が叩く。
「――高遠君、大丈夫? やっぱり今日は大事を取って、帰った方がいいんじゃないかなあ」
トイレに伏せていた俺に、酷く心配しているだろう声がかけられた。
嗚咽反射が止まらない俺は、涙目で「大丈夫です」と返すが、それもだいぶ掠れてしまい、思うように外へ届かない。
どうしよう。
辛い。
苦しい。
怖い。
翔琉に今すぐ、俺の傍へ来て欲しい。
途端に心細くなった俺の心は、弱音でいっぱいになる。
「ねえ、高遠君、もしかして何だけど……違ってたらゴメンね」
副店長は断りを入れ、言い出しにくそうにドアの向こう側から口を開いた。
「その症状――えっと、妊娠……した?」
衝撃的な一言が俺の耳を捉えた。
「――え?!」
ハッと大きく目を見開き、俺の頭は真っ白になる。
どういうこと?
副店長、ナニ……言ってるの?
妊娠って、俺――男、だけど?
“オメガバース”。この言葉が、瞬時に頭を過ぎる。
俺、やっぱりΩだったのか?
βではなくて。
否、そんなバカな話はない。
これは、ただの食あたりか何かで。
いつもより少し長めに休んだら、きっと治るヤツだって。
だいたい俺、まだ学生で。
自分のことで精一杯で、余裕がない。
翔琉だって俳優の仕事が忙しくて、家を留守にすることも多いし。
俺たちは婚姻なんて、到底、紙に縛られるような関係は結んでいなくて。
でも、これからもただ傍で支え合っていられれば、それだけでもう十分で。
幸せで。
しあわせで。
多くは望んでいなくて。
この前、翔琉は双子が欲しいなんて言ってたけど、それは決して男同士の俺たちだったら授かることはないから、口にしていたわけで。
ああ、もう……頭がぐちゃぐちゃでいっぱいだ。
これを全て、何とかブルーなんて言葉で言い換えてしまったら、それはそれで全てしっくりきてしまいそうで……怖い。
否、でも違う。
絶対に、そんなんじゃない。
これは、違う。
違うんだ。
結局その日、俺はそのままバイトを早退し、懸念を晴らすためにドラッグストアへ寄り道したのだった。
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