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第24話

その帰り道。 「――俺が“龍ヶ崎”、颯斗、だって」 新助手席に座っていた俺は、真新しい父子手帳を高くかざし、誰に言うでもなく唐突にそう言った。 先ほど区役所へ寄った俺は、無事に入籍届けを二人で提出し、“龍ヶ崎”姓となったのだ。 それから別の窓口で父子手帳も取得し、早速その記名欄に新しい名前が書かれていたことに若干の違和感を覚える。 二十年間“高遠”を名乗っていた俺が、つい今仕方、紙切れ一つで違う姓を名乗ることになったのだから、仕方がない。 婚姻関係とは、非常に不思議なものだと思う。 今日から俺は、“龍ヶ崎”颯斗……なんだ。 龍、ヶ崎――颯斗。 しっくりくるような、どこか違和感のあるようなその名前を、俺は何度も心の中で独り反芻する。 今から二年以上前、まだ、高校生の俺が翔琉のことを「龍ヶ崎様」と呼んでいた時分。 まさか、その数年後にこの男の子を身篭り、同じ苗字を名乗る日が来るなどと、あの時の誰が予想しただろうか。 「俺の苗字では、不満か?」 ブランドのロゴがフレームへはいったサングラスを掛け、スクエアフォルムの見慣れた高級外車を運転する翔琉が不意に尋ねた。 「不満なんてないですけど――やっぱり、まだ馴れないです。“龍ヶ崎”と言えば、翔琉のイメージしかないので」 「光栄だが、今日から颯斗も同じ“龍ヶ崎”になったのだから、早くこの姓に慣れるといい」 優しく微笑むと、翔琉は「ね、龍ヶ崎さん?」とわざと言って見せた。 ああ、何だこれ。 好きな相手と同じ苗字になるということは、とんでもなく気恥しかったが、とんでもなく高揚するものでもあったことを知る。 酷く照れた俺は父子手帳を膝の上へ下ろし、移り行く景色を窓から、ぼんやりと眺めるフリをして、赤面したその顔を誤魔化す。 「きっとこれからも、もっと、そういう慣れないことが増えていくんでしょうけれど――」 次いで俺は、誰にも聞こえないような声で同じくらい抱えている大きな不安をぽつりと呟いた。 たとえばそれは、始まったばかりの悪阻だったり、出産へ向けて日々変化していくだろう体調のことだったり、初めての子育てだったり。 ましてや、それが独りではなく双子であるという事実だったり。 「――だから、俺たちは結婚したのだろう? 共に、それを乗り越えるために、だ」 視線は前を向いたままだったが、翔琉は俺の不安を全て打ち消すように、婚姻の意味を口にした。 「産むのは自分だからと言って、全て、颯斗が独りで背負う必要はないんだ」 実際のところ、先程の妊夫検診で新たな命の誕生日と引き換えに、俺の中に大きな不安や緊張、恐怖などネガティブな感情も生まれ出たことも否めない。 その一つが、体型の変化だ。 通常、男性Ωは妊娠してもその外見から妊夫だと判断することは難しいらしい。 だが、双子であるとやはり、臨月頃にはその膨らみが妊夫のそれであると分かってしまう程変化するそうだ。 ずっと出産まで隠し通せると思ってはいないが、やはりまだ俺自身が大学生であることや、男性Ω、リスクを伴う双子の妊娠。 何より、相手が超人気俳優だということを加味すると、翔琉はそうは言ってくれたが、無事に子どもたちが産まれてくるまで、密かに妊夫であることを周囲へ隠したくなる。 もちろん、俺の妊娠を公表しても良いと思っている翔琉にこの事実を知られたら、大激怒されそうだが。

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