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第30話
無事、予約した銀座のレストランで翔琉の誕生日のお祝いをした俺は、翌日、再び酷い悪阻に苦しんでいた。
今朝、翔琉が家を出るまでは全く気持ち悪くなどなかったのに。
何故だ……?
トイレとベッドルームをひっきりなしに行き来していた俺は、すっかり精気を失っていた。
嘘のように食欲もなく、水すら受け付けない。
俺、このままだと安定期が来る前に干からびてしまう。
この一時間で幾度目かのトイレからベッドルームへと戻って来た俺は、ベッドサイドへ置かれたスツールの背もたれに、相向かうようにして腰を下ろした。
大きな溜息を一つつき、そこへ白いシャツが引っ掛けてあるにも関わらず、だらんと上半身をそこへ投げる。
「はぁ、もう辛い……昨日は、翔琉とイチャイチャできるほど元気だったのに。何故……?」
大きく項垂れていると、俺の鼻腔を翔琉の香りが掠める。
その瞬間、ふと今までの悪阻の苦しさが軽くなったような気がした。
「――あれ?」
身体を起こし、今の内に水分だけでもと思った俺はキッチンへ行く為、その場へ立ち上がる。
途端、胃部の不快感を覚えてしまう。
ぐうっと胸に迫り上がってくるものを感じ、慌てて俺は両手で口を押さえる。
やっぱり、ダメ……だ。
もういい加減飽きてしまったそのトイレに、また駆け込む。
今日のバイト……ムリかも。
と言うか、こんな状態がずっと続くのならば、しばらくバイトは休まなければならなくなる。
当然、翔琉は夫夫になったのだし、学費など今までの分も含め俺が全て払うと申し出ては、くれていたのだ。
だが、大学進学は自分が決めたことなので、今まで通りバイトを続けながら、学費を稼ぎたい。俺は翔琉に、我儘を通したのだった。
今は身重であるし、無理だけはしないで欲しい。そう約束をされてはいたが、双子を産んだ後、どんな育児が待っているのか想像もつかない俺は、今の内に少しでも稼いでおきたかったのだ。
「……子どもを産むって、とんでもないな」
恨めしそうに言った俺は、トイレから帰って来るとベッドの手前にあるスツールへ、再度背もたれに掛けてあったシャツへ顔を埋める姿で座ったのであった。
あ、この格好……少し楽かも。
翔琉の香りをシャツから感じ、胸の不快感が引いていく。
しばらく俺は、そのままの格好で過ごす。
翔琉の匂い、落ち着く。
いい匂い。
好き。
だいぶ身体が楽になってきた俺は、もしかすると午前中は悪阻が酷い身体なのかもしれないと思った。
この調子であれば、バイトは午後からの時短でも続けられるかも。
一縷の希望を見出した俺は、「よし」と気合いを入れると、バイトへ行く準備をする為、立ち上がった。
「うっ」
酷い船酔いの状態が戻り、俺はすぐ様スツールへ逆戻りした。
ようやく俺は、そこで自身の悪阻が軽くなる条件に気が付く。
もしかして。
翔琉のシャツの匂いを慌てて嗅いだ俺は、次の瞬間、確信する。
すっと胸の違和感は凪ぎ、俺にとっての特効薬はファーストフード店のフライドポテトでもなく、柑橘系の香りでもなく、大好きな翔琉の匂いなのだと。
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