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第34話

慌てて俺は早歩きで近寄ろうとすると、 「急がなくていい」 と、運転席の翔琉に一蹴されてしまう。 「ありがとうございます」 俺はそう返したが、ただ早歩きをしただけで上がる呼吸、もっと早く歩きたくても身体が重くて動けないことに、独り驚きを隠せなかった。 検診への行きの道のりでは、もっと身軽だったような気がしたのだが。 それでもこの短時間で、子どもが成長しているのだと思うと喜ばしいものだ。 歩道から車道へと俺は必然的に、ゆっくりとした足取りで助手席へまわる。翔琉は、その後を追うようにして外へ出て来た。 車へ乗ろうとする俺をエスコートする為だ。 この紳士ぶりは徹底して、妊娠前も今も変わらない。 俺が助手席へ乗ったのを見届け、自身もまた運転席へ戻る。 進行方向へウィンカーを出すと、翔琉はいとも簡単に激しい往来の中へ上手く滑り込む。 「検診に間に合うように仕事を抜けるつもりだったが、間に合わなくてすまない」 車内で最初に口を開いたのは、翔琉だった。 「いいんですよ。今日は無理そうだと最初から言ってたじゃないですか。気にしないで下さい」 「だって、そろそろ双子の性別が分かる頃だったから付き添いたいじゃないか」 毎回、俺より翔琉の方が妊夫検診の内容を把握しており、心配事や疑問があれば個人的に病院へ電話しているようだ。 一体、どちらが妊夫なのだろうかと思う。 俺にとっては、とてもその気遣いがありがたいことなのだが。 「まだ今日の検診では分かりませんでした。次回には、と言われました。あと、そろそろ腹帯を着けるようにと言われて」 俺がそう言うと、翔琉は「ああ、それ」と相槌を打つ。 「戌の日の腹帯のことだな。ちょうどこの近くに、安産祈願で有名な神社があるからこのままお参りに行こう。体調は大丈夫か?」 「はい」 突然のことに驚いたが、今仕方感じた身体の重さが明日にはもっと重く感じるかもしれない。そう思うと、今日出歩いた方が良いのかもしれないと俺は感じた。 一刻も早く、お腹を支える帯の必要性も感じながら。 平日の昼間だというのに、神社はたくさんの妊婦、妊夫さんでいっぱいだった。 同時期に、こんなにも大勢の人たちが出産するのだと知るだけで、俺は心強く感じる。 偶然、その中で見知った顔を俺は見つけた。 「桜雅(おうが)?」 俺より先に、翔琉の方がその名を呼んだのだ。 呼ばれた方も、ハッとした顔でこちらを見つめていた。 「久我原(くがはら)様と、あの方は……」 久我原様、とは翔琉のモデル時代唯一のライバルで、現在は一流商社に勤めるエリートサラリーマンの久我原桜雅のことである。 翔琉より二つ下の二十八で、確か長年付き合っている同い年の恋人がいるという話を聞いていたのだが。 もしかして、今、桜雅の隣りにいるのは噂の……。 「あれ、高遠君こんなところでどうしたの?」 驚いた顔して桜雅は尋ねた。 「安産祈願だ」 躊躇うことなく翔琉が代理で告げ、桜雅の方が驚いた顔をする。 「……え?」 「――秋に双子が産まれる。颯斗が懐妊したんだ。それより桜雅のとこも、か?」 あけすけに尋ねた翔琉に、桜雅は苦笑しながら頷いた。 「うん、実はまぁ……ウチのところは、もっと早く産まれる予定だけど。俺の出張で、中々お参りに来られなくて」 そう言って、隣りの可愛い顔した小柄な男性を俺たちの前へ紹介する。

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