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第36話
「何がまずいんだ?」
間髪入れずに翔琉は言う。
「よく考えたら、たくさんの安産祈願の参拝者が来ている中で、俺と翔琉が一緒にいたら、俺たちのこと……バレてしまいますよね?」
今更だが、俺はそれとなく翔琉から少し距離を置く。
ほんの僅かだったが、翔琉の眉がピクリと引き攣る。
一瞬、そこだけ温度が氷点下になったが、俺は周囲に気を取られ、その異変に気が付かない。
聡い桜雅は二人の間へ入り、超絶不機嫌な翔琉が喋り出す前に、慌てて喋りだす。
「あ、ほら……俺たちが一緒だから大丈夫だよ。怪しまれたら、知り合いの付き添いに来たってことで。桃緯もお腹は出てないけど、カバンにマタニティマーク付けているから妊夫だって分かるし」
なるべく平静を装いフォローする桜雅に、桃緯も察して同調した。
「そ、そうだよ。せっかく夫夫で安産祈願に来たんだし。お腹の子に、産まれる前から夫夫仲に問題があると思わせちゃったら可哀想だよ。敏感だから、そういうストレスとかすぐお腹に伝わっちゃうし」
次いだ桃緯の言葉に、めずらしく俺は素直に納得する。
「そう、ですよね。安産祈願に来たのに、子どもたちのことより周りを気にしたら……いけないですよね」
離れた分だけ、俺は翔琉に距離をつめた。それからそっと翔琉の右手に、自身の左手を絡める。
恋人繋ぎのように。
「――颯斗?」
面食らった翔琉の顔をチラリと見上げ、俺は上機嫌に微笑んだ。
「言っておくが、いつだって俺は、颯斗とのことを隠すつもりはないんだから」
翔琉は一言そう告げると、今度は自らその手を強く繋ぎ直す。
「マタニティマークだって、本当は心配だから遠慮せずにつけてて欲しいんだ」
続けて翔琉は言った。
「相変わらず翔琉は、高遠く……おっと、もう龍ヶ崎君、か。あ、でもそれだと、翔琉のことみたいだな。颯斗、君って呼べばいいかな?」
言葉少なで直球勝負の翔琉を、補足するように桜雅は口を挟む。
だが、結婚したことでその呼び名に戸惑いを見せる。
「颯斗のことを、気安く名前で呼ぶな」
強く睨む翔琉に、桜雅は苦し紛れにこう言った。
「いや、だってほら……いつまでも旧姓で呼ぶのもって思って。龍ヶ崎じゃ、翔琉と同じだし」
「は? いつも、桜雅は俺を名前で呼ぶから苗字でいいだろうが」
不機嫌そうに翔琉は言い放った。
「あ、あの……俺のこと、全然“高遠”のまま呼んでくれて大丈夫です。まだ自分でも慣れてませんし――大学とかも、卒業するまでは公式の書類以外、旧姓で通す予定ですから」
仲裁にするように言った俺は、変なところで嫉妬した男の手を、わざと強く握り返す。
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