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第46話
それから月日は経ち、奇跡的にそこまで大きなトラブルに悩まされることもなく、俺は大学の長い夏休みへ突入することができていた。
双子妊娠は切迫早産の恐れなど危険なトラブルが多いと聞くので、本当にこれは奇跡でしかない。
相変わらず翔琉は俺を第一にしており、その過保護さは拍車かかっている。
妊娠後期を迎えたこともあり、いつ何時、俺が産気づいても良いように仕事をセーブしているそうだ。
何処へ行くのも、最近では翔琉の送り迎えが常となっている。
ありがたいが、これではいつ、俺たちの子どものことがマスコミにすっぱ抜かれるだろうかと、不安で仕方がない。
不安と言えば、もう一つ。
三十六週までに双子が産まれる気配がなかった場合、帝王切開の予定となっている。
今まで大きな手術などしたことのない俺にとっては、未知の体験が恐怖でしかない。
妊娠八ヵ月目に突入してからいよいよそれが現実味を帯び、俺は日々そわそわしながら過ごしていたのだ。
「颯斗、準備できたか?」
リビングから翔琉の様子窺いの声がする。
ベッドルームで夏用の綿百パーセントの腹帯を巻いていた突き出た俺のお腹のその触り心地は、滑らかで、艶やかだった。
安定期に入り、ようやく仲良できた後から、翔琉の仕事が遅くならない日以外、俺たちは毎日一緒にお風呂へ入るようになっていたのだ。
毎回その風呂上がりは、俺のお腹に妊娠線ができないよう、丁寧に翔琉が専用の高級オイルを塗る。
だから、今日まで綺麗な腹部でいられたのも、翔琉の努力なくしては維持できなかっただろう。
それだけではない。
葉酸のサプリや、ノンカフェインの飲み物、挙句の果てには三食の食事まで気を遣っているのだ。
最近では、双子が胃を圧迫して食欲が減退しているのだが。
はっきり言って、翔琉はマメな男である。
これは間違いなく、双子が産まれたら育メンになるに違いない。
否、絶対になるだろう。
確定だ。
意外にも、翔琉は両親学級へ積極的に参加し、時に、同席した他の妊夫さんたちを驚かせたりもしたが、俺の身体や産まれ来る双子の為にと。熱心に動き回るその姿に、心からこの人と結婚できて良かったなと。
何度も俺にそう思わせていたのだ。
「――颯斗?」
返事するのを忘れ、上半身裸のまま腹帯を巻くのに手間取っていた俺のところに、痺れを切らした翔琉が顔を覗かせる。
男性Ωの双子妊娠は、少しお腹が出る程度だと聞いていたが、実際のところ、俺の腹部はかなり前へとせり出していた。
食事は翔琉が管理していて、そこまでカロリーが高い物を口にはしていないはずなのだが。
全く、不思議なものだ。
因みに、百グラム単位での誤差はあるが、昨日の検診ではお腹の双子たちはほぼ二千グラムまで成長していることが分かった。
二人合わせて、四㎏超えである。
どうりでこの頃、身体が鉛のように重い訳だ。
お腹の中の双子は二卵性で、性別は二人共男の子である。
胎動はそれ故、非常に激しくこの頃はうるさすぎて夜も眠れない。
ただ、翔琉がお腹へ触れると、途端に双子の動きは穏やかになる。
既にこの時点で、翔琉は父親としての威厳を発揮しているのではないか、と俺は察していた。
また、双子の方も明らかに、翔琉が自分たちにとってそういう存在なのだと理解している節があると密かに思っていたのだ。
悔しいけれど。
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