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第48話

「颯斗、どうしたんだ? 何か、腑に落ちない顔しているが」 俺の機微に気が付いた翔琉は、さすがだとしか言えない。 心強さを感じる。 「あの、実は……」 若干の不安を俺は口にした。 「朝からずっとお腹が張ってて」 いつもより強く、そして頻繁に張るお腹を俺は困惑しながら擦る。 「少し動き過ぎなんじゃないか? 今日のバイトは休んだ方がいい」 間髪入れずに翔琉は言った。 「ですが、今日で最後なので」 「だったら尚更だな」 念を押すように翔琉は言う。それ以上俺は何も言えず、視線のみで「どうして?」と問うた。 「それはもうつまり、双子たちが産まれるのがそれだけ間近に迫ってきているってことだろう?」 いやいや、まだ八ヵ月目だし産まれるのは九月の終わりだし、と俺は軽く考えていた。 それでもグレーの瞳は、一つも笑っていないどころか、緊迫した表情を浮かべている。 「特に双子は、夫子とも危険が伴うって。いつも検診の度に、先生から言われていただろう? もし颯斗の身に何かあったら、俺……」 今までにない超真面目なグレーの瞳に諭され、俺は自身の判断が超絶甘かったことを思い知る。 最悪の事態なんて、考えたこと……なかった。 「翔琉、ごめんなさい」 素直に謝罪した俺に、翔琉は病院へ受診するよう提案した。 いつもと体調が違うのであれば、やはり不安だからだ、と。 バイト先へは、体調不良によりこれから病院へ行くことを告げ、同時に産休が一日早まってしまい迷惑をまた掛けてしまうことも詫びた。 後日、改めて挨拶に伺いたい旨も添えてだ。 電話口には店長が出て、「こちらは気にするな。頑張って来いよ」と激励の言葉だけを貰った。 本当に、俺は周りの人に恵まれている。 そう思いながらも、強い張りが続く腹部に大きな不安を感じ、俺は翔琉の車でいつもの病院へ向かったのであった。 「龍ヶ崎さん、今日来てくれて正解でしたよ」 一通りの精密検査を終え、イケメン医師は深刻そうな口調でそうはっきりと俺に言った。 「陣痛が始まっています」 「――え?」 とにかく実感が湧かなかった。 ただただ、頭が真っ白になるだけで。 隣りの翔琉は、納得したような顔をしている。 「ということで、本日から入院してもらいます。龍ヶ崎さんは、確かVIP個室希望でしたね。部屋が空いているか、今、医事課の方で確認してもらいますのでお待ち下さい」 淡々と医師は告げると、デスクの上にあった内線電話でどこかへ連絡を取り始めていた。 「翔琉……俺、陣痛って、まだそんな痛みもないのに、でももう、双子ちゃんたち……産まれるってことですよねえ?」 まるで他人事のように、隣りに座る翔琉へ声を潜めて尋ねる。 「――そういうことになるな」 いつもの通りに返す翔琉に、俺はまだそこまでの現実味を帯びないこの展開が、どうしても信じられなかった。 しかしそれから数時間後、俺はそう思っていたことを激しく後悔する。 満月を翌日に控えたその夜、本格的な陣痛が始まったのだ。

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