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第49話
静かに呻きながら、俺はもう間もなくその時を迎えようとしていた二つの生命と共に今、この瞬間を懸命に生きていた。
いたい。
いたい、いたい、痛い。
このままこれが続いたら、俺……気絶死するのでは? と思う。
痛いのもっと上って、何て言うんだっけ?
超痛い、という一言だけではとにかく済まされないものだ。
居てもたってもいられず、俺はVIP個室中央に置かれた医療用ベッドから部屋の片隅まで裸足で歩くと、壁に手をつき、ふぅといきみ逃しをした。
次第に痛みは規則的になり、その感覚は狭まってきている。
すぐに立っていられなくなり、その場で蹲ってしまう。
入院を宣告されてからもう、十二時間以上は痛みと闘っていた。
一般的に、初産は陣痛が長いと言われているが終わりの見えないその痛みに、俺の心は折れる寸前だ。
背後では俺の悲鳴に合わせ、翔琉が黙って力いっぱいゴルフボールを臀部へ当て、喉が乾けばストロー付きのペットボトルを差し出し、額に滲む汗をこまめに拭いていた。
「……どうして俺だけが……こんなっ……」
陣痛の合間の、僅かに痛みがおさまった瞬間、お腹を擦りながら俺は恨めしそうに泣き言を口にする。
目尻に涙を浮かべた俺に、無言のまま翔琉は大きな手で後頭部をぽんぽんと優しく撫でた。
「……いたいの、こわい。こわくて。こわくて……いまだけじゃなくて、そしてこれからも……」
出産という未知の体験だけでなく、それを終え、二人の子どもの親となる事実に対してもだ。
独りでも子育ては大変だと聞くのに、それが二人……だなんて。
自分だって、まだまだ子どもで。
若奥様なんて最高だな、と翔琉は嬉しそうに言っていたが。
十も歳上の翔琉に頼ってばかりのところもあるのに、この俺が、果たして双子の親になれるのだろうか。
このお腹に二つの生命が宿ったことを知った時から今まで。
葛藤は自分なりに折り合いをつけて昇華してきたつもりだった。
だというのにここへ来て、不安が再燃したのだ。
昇華したつもりだった強い不安は、無理やり解決したことにし、心の奥底へ閉まっていたのだと察知する。
出産を控えた幸せな妊夫はこういう時、これから訪れるであろう我が子との幸せな未来を想像し、臨むのだろうが俺は違っていた。
双子だから、余計不安が募るのだろう。
聡い翔琉はそれに気が付き、痛みに喚き散らす俺を構うことなくぎゅうと肩から抱き締める。
「絶対に、独りで怖い思いはさせない」
迷いなく翔琉は告げ、お腹を擦る俺の両手に自身の手を上から添えた。
本当にか、と問いたかったがすぐ様陣痛の強い波が訪れ、その場で翔琉の手を払い野生の獣のようになる。
「怖かったら、俺の手をすぐ握れ。握って、独りじゃないことを知るんだ」
白む意識の向こう側で、俺は翔琉の手の温かさを。酷く安堵したことを薄ら感じていた。
「俺たちは運命の番なんだ。颯斗独りだけで怖い想いなど絶対にさせない。ずっと、俺が傍にいる」
心強い言葉、その手の温もり、嗅ぎなれたムスクの香り。
翔琉という存在全てが、不安な俺を支える。
「子どもたちが産まれても、颯斗独りで育てる訳じゃない。俺もいる。俺たち二人で、夫夫なんだから」
再び、酷く冷静さを欠いていた俺に、翔琉は寄り添うように言う。
「颯斗、一緒に幸せになろう。そして、子どもたちを二人でたくさん愛してあげるんだ」
翔琉のこの言葉を耳へ遺したまま、満月の夜、二度の陣痛を伴った俺は、この世で一番尊い宝物の産声をようやく聞いたのであった。
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