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第50話
大きくて温かい手が、俺の頭を撫でる。
暫くぶりに、うとうとと微睡んでいた俺にはそれがとても心地好かった。
ずっとこのままでいて欲しい。
ずっと。
甘い微睡みに浸っていたところで、下肢へズキズキズと強烈な痛みが走った。
唸る声と同時に、俺の意識は完全に覚醒する。
「ナースコール、押すか?」
すぐ傍で心配そうな顔してこちらを覗き込む男の存在に、俺は痛む腹部を押さえながら瞠目した。
目が醒めたらもう、俺は独りきりだと思っていたのだ。
だが、現実は違っていた。
「……ける、お、仕事……は?」
「聞いてなかったのか? 今日から俺は、育休だ」
「――え?」
後陣痛に大きく眉根を寄せながらも、俺はその事実に驚きを隠せないでいた。
「どういう……っ痛ぁっ! ……った!」
苦痛で冷や汗をかく俺を見て、翔琉は迷わずナースコールを押す。
ものの数分で、コンコンと俺たちのいる部屋のドアが叩かれる。
痛みに慄く俺の代わりに、翔琉が顔を出した。
「キャッ!」
かなり若いであろう女性看護師が、驚きの歓声を上げる。
「すみません。驚かせてしまいましたか?」
紳士的に応対する翔琉にも、何故か俺はムッとしてしまう。
「だ、大丈夫ですぅ」
語尾が甘いぞ、そこの看護師さん。
「そうですか? それでは、こちらに入って下さい」
いつも素っ気ない翔琉が、これ以上ないくらい神対応を見せるせいで、俺の苛立ちは半端ない。
何だよ。
俺以外に親切にするなよ。
もしかして、翔琉のタイプだったのか?
すっかり忘れていたけれど、元々翔琉はストレートだったし。
若い女の子がやっぱり好きなのか?
いやいや、俺だって若さだけで考えたらかなり若い方だけど。
看護師も看護師だな。
まあ、気持ちは分からなくもないけど。
いくらVIPばかりが通う病院だからといっても、あの超人気俳優の龍ヶ崎翔琉が目の前にいたらびっくりするし。
ナースコールだと思って行ってみたら、出て来たのが超イケメンの龍ヶ崎翔琉なんだから、さ!
自分でも怖いくらいの目つきでじっと入口の方を睨むが、全く二人は気が付いていないようだ。
それが尚更、俺は悔しくて。
……っていうか、そこの看護師さん!
龍ヶ崎翔琉はさっき、二人の子どもの親になったばかりなんですって!
っていうか、俺がその嫁なんです!
俺! 高遠……じゃなかった、龍ヶ崎颯斗が嫁なんですってば!
と、絶叫したかったが、実際のところ痛みに喚くだけで、こちらの想いなど一つも届かない。
「かなり痛がってますね。龍ヶ崎さん、痛み止めの坐薬使いますか?」
看護師の視線が、俺の頭から爪先まで値踏みするように滑る。
マウンティングされている気分だ。
こんな人に俺、坐薬……挿入れられるの……か?
辟易した俺の横で、翔琉が口を開いた。
「坐薬でしたら、俺が挿入れますから」
にっこりと微笑む。
「え?」
戸惑う看護師に、翔琉は言葉を続ける。
「だって、敵意を丸出しにされた貴女に、ウチの嫁は怖くて任せられませんし――それに、安易に触れさせたくもないんです」
フフと微笑むと、看護師が困惑した顔を見せた。
「だって、颯斗は大事な、大事な俺の嫁ですから。よく覚えておいて下さい。あ、ウチの双子にも同じですよ」
顔が整っているせいで、その笑みは酷く迫力がある。
経験浅い看護師は、軽く震えながら「失礼しました」と、脱兎のごとく部屋を飛び出して行った。
「大丈夫、なんですか?」
痛みが続く中、俺は弾力ある大きな枕に顔を埋めながら、背の高い美貌の男へ声をかけた。
「何がだ? それより、坐薬を挿入れる」
ちゃっかり看護師からそれを入手していた翔琉は、幾つか連なる白のパッケージの一つをぱりっと切り離す。
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