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第54話

「高遠君も、もうすっかり親の顔してますね」 よしよし、とあやしながらリビングを出て行こうとする俺の背後で、桜雅が感心しながら言った。 「まあ、二十四時間ずっと双子たちに付きっきりだからな」 それまでずっと子どもたちを遠巻きに眺めていた翔琉は、片割れの離脱により、一人になってしまった我が子の元まで迷いなく歩み寄る。 「構ってもらえないから、淋しいそうな顔してますね」 わざと大袈裟に、紫澤が言う。 瞬時に空気を読んだ桃緯は、話題を双子のことに変える。 「えっと、そう言えば双子ちゃんたちのお名前は、碧翔(あおと)くんと颯空(そら)くんだっけ?」 「双子なのに、お揃いの名前じゃないんだな」 翔琉のことをよく知り過ぎている桜雅も、すかさず自身の嫁に助け舟を出す。 しばらく翔琉は無言を貫いていたが、久我原夫夫から向けられる熱い視線に負け、その由来を話し始めた。 「――名前の響きだけでは分からないだろうが、共通点はある。二人は夏生まれだから、(あお)は夏の海。颯空(そら)は、夏の空。偶然だが、俺たち夫夫の名前は風にまつわるものであるから、目には見えないが、海と空を漂う風のような、大きな愛情で二人を包んであげられたらいいと」 「へぇー。確かに名前の響きを聞いただけじゃ、分からないですね。深いです」 心底、興味深そうに桃緯が相槌を打つ。一応年上の翔琉に対して、敬語は忘れずに遣いながら、だ。 「それに、颯斗に似ている方が、俺の“翔”の字が入っていて、俺に似ている方が颯斗の“颯”の字が入っている。漢字の上でも、俺たち夫夫とは共通点がある」 「へぇ、家族愛が深いんですね」 にこやかに紫澤が口を挟むが、顔が少し引き攣っている。 まだ、昇華しきれていない過去の想いがあるのだろう。 「それは、そうだろう。好きな人と一緒になれて、その人が自分の子どもを産んでくれたんだから。それを愛さなくて、何を愛するんだ?」 めずらしく人前で本音を口にした翔琉に、 「もう、こんなところで惚気けるなよ」 と、桜雅が呆れた顔で返す。 「そう言うのは、高遠君に言ってあげるのが一番でしょ?」 更に桜雅が言うと、翔琉は真顔でポツリと言う。 「颯斗には、定期的に言ってる」 「は?!!」 三人の声が重なり、三人同時に「はぁ」と大きな溜息をついた。 「ああ、もう何なんですか? この夫夫は! 付け入る隙なんて、全くないじゃないですか! 久我原さん、もうお暇しましょう! ダメだ!」 投げやりに言った紫澤のその顔は、すっかり何かが吹っ切れたような顔をしていた。 絶妙なタイミングで颯空も泣き出し、翔琉が手馴れた様子で抱き上げる。 「じゃ、俺たちそろそろ帰るから。高遠君に、お邪魔しましたって伝えておいて」 桜雅はそう言うと、桃緯に代わって我が子を抱きかかえた。 どちらにも似た顔をしたその子を見つめる二人の周りには、自然と幸せそうな空気が充ちる。 「悪いな。また、今度遊びに来てくれ」 次があることを暗に示した翔琉は、たとえ社交辞令だとしても非常にめずらしいと久我原夫夫は思った。 颯空を上手にあやす翔琉にも驚いたが、父親の顔をして、来客者たちを玄関まで見送ったことも三人は密かに驚いていたのだ。

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