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第56話
「それは颯斗も同じだろう? 否、颯斗の方が俺より寝ていないだろう。碧翔も一緒に面倒見るから、ゲストルームで横になってきたらいい」
颯空を抱きかかえながら、顔を背けたままの俺を覗き込むように自身の顔を近付ける。
「そんなこと……できません」
俺だけそんなことを、と思った。
「どうしてだ?」
力なく答える俺に、翔琉は不思議そうな顔をする。
「……だって。翔琉こそ、俳優ですし……その、綺麗な美貌はあなたの最大のウリですし……」
俺の言葉に翔琉はふわりと笑った。
「颯斗が俺のこと、そう思ってくれていたなんて嬉しい。確かにモデルをやっていた十代の頃は、この日本人離れした容姿が武器になっていたが、この歳になったら若手じゃあるまいし、あまり関係ない」
すぅすぅと寝息を立て始めた颯空を、翔琉は音を立てないよう碧翔の隣りのベビーベッドへ寝かせると、背後から俺を抱き締める。
「でも、颯斗が褒めてくれるならこの顔をこれからも武器にするとしよう」
嬉しそうに翔琉は告げると、俺の頬へキスをした。
久しぶりのスキンシップに俺の肩が跳ねてしまう。
「あれ? 今、俺のこと――意識した?」
俯いた俺は、無言で両手でベビーベッドの柵に掴まり、首まで真っ赤にさせる。
「意識しない訳……ないじゃないですか。こんなカッコイイ人がすぐ傍にいて」
俺がそう言うや否や、ぎゅうと翔琉はその腕に強く力を込めた。
「めずらしいな。俺のこと、素直にそう言う颯斗は」
首元へ顔を埋め、翔琉は言う。
確かにいつもであれば絶対に言わないだろう。
自分でも驚きを隠せなかった。
「……俺、疲れているのかもしれませんね」
正気でない自身にそう言い訳して、誤魔化そうとする。
「自覚症状があるならば、それはやはり休むべきだ」
翔琉はそう言うと、強引に俺を横抱きしキングサイズのベッドへ降ろす。
「ちょっと!」
つい声を荒らげてしまった俺に、翔琉はしっと口で静かにするよう牽制する。
「いつも頑張り過ぎな颯斗クン? たまには、あなたのことが大好きな旦那様の言うことを聞いてゆっくり休むことも大切だ」
添い寝するように俺の隣りへ寄り添った翔琉は、諭すように言った。
「俺はいつでも休めるが、碧と颯空には颯斗でないとダメな時がある。だからその時の為に休んでおくんだ。いいな? 双子が颯斗を必要な時は、起こすから」
「……そんな、それじゃ俺、翔琉に甘えてばかりに」
布団を目の下まで上げた俺は、罪悪感に充ちた瞳で翔琉を見つめた。
「それでいいんだ。むしろ俺が颯斗を甘やかしたいんだ。それくらいの甲斐性がなかったら旦那として失格だと思っているから」
翔琉のその言葉に、俺は完全に布団の中へ顔を隠す。そうして、こっそり布団の中で翔琉の胸へ頭を委ねる。
「……ありがとう」
消え入りそうな程、小さな声で告げた感謝の言葉と共に。
「気負わず、これからも夫夫共に支え合って二人を育てていこう」
翔琉はそっと俺の頭を抱き、深い眠りに着けるよう、背中を優しく撫でながら子守唄のように耳に心地好い穏やかな声で話す。
いつも翔琉は自信がなく、不安な俺に絶対的な安心を与えてくれる。
独りで生きていたら行き場のない沢山の感情のピースが、翔琉によって一つずつ嵌っていくのだ。
「翔琉?」
「何だ?」
「あの日、俺を探してくれて……夫夫になってくれてありがとう」
そう言うと、俺は布団の中から顔を出し、翔琉の唇ヘチュッと小さな音を立て、感謝の気持ちと共に口付けたのであった。
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