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第58話
不意に、スーツのバックポケットにしまってあった携帯電話が震えた。
「あ……」
ディスプレイを見て、俺は迎えの車が来たことを知る。
「悪い……迎えが来たみたい」
愛する旦那と愛しい子どもに一刻も早く逢いたくて、俺は落ち着かない。
この一年半で分かったことは、当然だが家族が一番大切で。
特に翔琉のことは、どうしようもないくらい大切な存在であり。
家族愛とはまた別の、出逢った時から変わらない愛情がそこにはあって。
愛おしくて、その想いが日々はちきれそうだった。
「双子ちゃんたちも来てるの?」
花凛の言葉に俺は迷わず頷く。
こうしている間にも、翔琉と双子に逢いたくて、逸る気持ちが身体をそちらへ向けてしまう。
「それなら早く行ってあげなきゃ」
苦笑する花凛と心織に一つ謝ると、俺は卒業証書の入ったケース片手に豪奢な欧米風の校門がある方へと駆け出す。
「悪い。また落ち着いたら、ゆっくり会おうぜ! 四年間、本当にありがとう。二人のお陰で楽しかった!」
振り返り大きく手を振った俺は、既に二人が遠くに見えるところまで来ていた。
二人もこちらに向かって手を振っている。
四年間、色々あったなあとしみじみ思う。
学生生活を頭の中で振り返る間もなく、あっという間に見慣れた黒のスクエア型の外車まで俺は辿り着く。
左ハンドルの窓が開き、サングラスをかけた超絶整った顔の男が「おかえり」と言った。
途端、これ以上なく上機嫌となった俺は、頬を大きく緩める。
いつも俺の自転車を後ろに乗せていたこの車も、今ではすっかりチャイルドシート二台の定位置となっていた。
当たり前のように助手席へ乗るや否や、俺は自ら運転席の男へキスをする。
「ただいま」
一旦、キスが終わったところで俺はそう言った。
「激しいな」
涼しい顔をしていたが、その実、翔琉の口調はとても嬉しそうだ。
「だって、一刻も早く逢いたかったので」
俺はそう告げると、後部座席の双子たちにも「ただいま」と声を掛ける。
碧翔も颯空も俺の顔を見て、手足をバタバタさせ、キャッキャッと喜んでいるように見えた。
「では、これから銀座のレストランで卒業のお祝いだ。無事に卒乳もしているし、ようやくこれでお酒が呑めるな」
翔琉の言葉に俺は瞠目する。
そうだ。
俺、二十歳になってすぐ妊娠した為、お酒を呑んだことがなかったのである。
待ちに待った、憧れのアルコールだ。
より一層目を輝かせる俺に、翔琉はクスクスと笑った。
「とは言っても、俺は運転手だから呑めないが、酔った颯斗がどうなるのか今から楽しみだな」
ハンドルを握る翔琉の手は、心無しか楽しそうだ。
「な? 碧翔と颯空も颯斗がどんな風になるか楽しみだよな」
まだこちらの言葉も理解していない二人に、わざと翔琉は楽しそうな口調で投げ掛ける。
「えー。俺だけが酔うところを見せるなんて嫌ですよ」
ムムっと頬を膨らませた俺に、翔琉は苦笑した。
「確かに、颯斗の酔う姿は未知数だから場合によっては危険なこともあるな。お酒は帰宅してからにしよう」
何やら思い直したらしい翔琉は、真顔で言う。
大袈裟だなと思ったが、初めてのお酒は翔琉と呑みたかった為、それで丁度良いと思った。
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