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第62話

​​「――碧翔と颯空、今すぐママの上から退くんだ」 不意に音もなく、大好きな者の低い声が背後からした。 「ぱぱ!!」 俺の腕の中にいた二人は、ぱあっと目を輝かせ感嘆の声を上げる。 暖房の効いたこの部屋にひんやり冷たい外気を伴い入ってきた男は、俺たちが座るソファの前まで大股で歩いて来ると、軽々と双子をその両腕に抱き上げた。 一瞬のことで呆気に取られていた俺は、すっかりもぬけの殻となった自身の両腕を眺め、それから翔琉の顔へ視線を向ける。 「こら。ママは今、大事な身体なんだから無理させたらダメだと毎日言ってるだろう?」 翔琉はそう言うと、双子それぞれと額を擦り合わせ「メッ」と優しく注意した。 すると双子たちは次々と「まま、ごめんなしゃい」と大きな瞳を潤ませ、俺の方に向かって謝罪する。 「翔琉、これくらい大丈夫ですって」 苦笑しながら俺はソファから立ち、翔琉の腕から双子の一人を貰おうと手を伸ばすが拒否されてしまう。 「否、その過信が万が一となったら俺は碧翔と颯空でも許せなくなるからな」 過保護過ぎるほど俺のことを大切にしてくれるのは、結婚してから五年経ち、新婚でなくなっても変わらないようだ。 否、多分今はそれだけが理由ではないのだが。 「大袈裟ですよ。今回は、碧翔と颯空の時のように双子じゃないですから」 そう言って撫でた自身のお腹には、今現在、待望の第三子で初めての女の子が順調に育っている。 ちなみに今月で臨月を迎え、二日後のクリスマスイブが予定日だ。 ずっと二人を産んだ後、翔琉は次の子どもが早く欲しいと言っていたが、社会人になったばかりの俺が双子を育てながら三人目を考えるのは精神的にも物理的にも難しくて。 ようやく余裕が出てきた頃に来たヒートで翔琉にいつものように抱かれた後、偶然三人目の妊娠が判明したのだ。 そろそろと思っていたタイミングではあったが、分かった時の喜びはひとしおであった。 五年ぶりの妊娠ということもあり、学生だった以前とは違い、働きながらの妊夫生活はやはり平坦ではなかった。 身体も酷く疲れやすく、かといって元気な双子の男の子たちは待ったなしで容赦なく自己主張をしてくるし、やらなければいけないことは家でも会社でも山積みであり。 頼みの綱であった翔琉も引き受けていた仕事が海外でのものだった為、前回のように休みの調整できず、ほぼ妊娠前期から中期にかけてはワンオペであった。 幸い、二人の時より悪阻は軽めだったことは唯一の救いだったように思う。 前回、如何に自分が翔琉にサポートされ恵まれた環境で出産できたのかを強く思い知ったのである。 お陰で、この年になってもまた少し逞しく成長できたように思う。 母強しとは、こう言った経験の積み重ねなのだと俺は実感した。

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