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第63話

「何より、もう少しで碧も颯空もお兄ちゃんになるから、今の内に思う存分甘やかしたくて」 「――だったら俺も、今の内に颯斗に甘やかされたいんだが」 さり気なく告げた翔琉に、つい俺もその言葉を聴き逃してしまう。 ――あれ? 今、何て……言った? 先ほど聴き逃した言葉を再度言って貰いたくて、俺はじっとグレーの瞳を見つめる。 「あー、ずるいー! ぱぱはもうおとななのに、ままにあまやかされたいんだってー」 目敏く話を聞いていた碧翔が横入りしたことで、翔琉の言った言葉を知る。 「……え?」 翔琉が俺に? 俺に、甘やかされたいのか? ウソ、だろう? いつも俺を超甘々に――砂糖菓子のように甘やかす男が、だよ? 独り困惑していると、翔琉が手に抱いた双子に「そろそろ休む時間だ」と声を掛けている。 わーい、と双子も久しぶりの父親の寝かし付けに喜んでいた。 「ぱぱ! あおね、よんでほしいごほんがあるの!」 「パパ、ボクも!」 「そうか。では、順番に読むとしよう」 楽しそうに子どもたちとやり取りする翔琉のその姿は、すっかり良き父親だ。 「ということで、今日は俺が二人を寝かし付けるからゆっくりしているといい」 翔琉は碧翔の言ったことには何も触れず、リビングをそのまま出て行く。 その間、シンクにそのままであった洗い物を終え、翔琉の遅過ぎる晩御飯の支度を終えた俺は、つい口から洩れた「よっこらしょ」という掛け声と共にソファへ座った。 男性Ωの単胎妊娠はお腹の変化があまりないというが、双子の経産夫ということもあってか、さすがに臨月では緩めのニットの上からでも分かるほどやや膨らみを帯びている。 つい先日、産休に入るまで俺が妊夫であることを誰にも気が付かれないほどであったから、今回は大きな体型の崩れはさ程なかったようだが。 大きなお腹ではないが座っているのが辛くて、ソファへ横になる。自然と瞼が落ちると、そのまま眠ってしまいそうだった。 否、実際は本当に眠っていたのかもしれない。 ゆさゆさと肩を揺らされた振動で、俺は渋々目を開ける。 「……翔、琉?」 夢だと寝惚けていたのかもしれない。甘やかされたいという翔琉の首に手を廻し、俺は大胆にもその唇へキスをした。 驚いた顔する翔琉に、俺は 「俺に、甘やかされたいんですよね?」 と、誘うような声で問う。 「寝惚けてるのか?」 冷静な声で翔琉は返す。 「寝惚けてなんてないですよ。確かにこの子を産んだらまた暫く、俺たちはこうして愛を確かめることはできませんから」 先ほどから否が応でも視界でちらつく、その不自然なスラックスの膨らみを俺は右手で撫でた。 途端、びくんと布越しでも分かる翔琉の熱雄の動揺に、俺は小さく笑った。

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