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第69話

病院に到着した際も、玄関入口まで車を横付けした翔琉は、そこで待機していた看護師に俺を横抱きした状態であとをお願いしていた。 院内は「王子様が来た!」と大きく色めき立ち、車椅子に乗せられた俺も好奇の目に晒される。 この五年間、すっかり子育てと仕事が忙しくて忘れていた。 俺たち、世間ではまだ夫夫だと宣言していなかったのだ。 幸いなことにセレブや芸能人など世間一般の人たちは通うことのない産院であるため、たとえ超人気俳優の龍ヶ崎翔琉が登場し、色めき立ったところでそれ以上情報が漏洩されることはない。 安心ではあるが、まだ自分が翔琉の伴侶として認められていないような気がして、久しぶりに胸が少しだけ痛む。 実は双子を出産した今でも、事務所の意向でまだ翔琉は表向き独身を貫いている。 相変わらず共演者との浮名をマスコミによって流されていた。その中で度々、双子の父親ではないかとの疑惑が取り沙汰されていたが、さすがにその相手が十も年下の男性Ωだとは思いも寄らないのだろう。 どちらかというとこの外見もΩというより、俺自身はβに近い平凡な容姿だと思っている。この五年間、必ず翔琉は俺の傍にいて。それでも二人の関係を怪しまれなかった自体、完全にノーマークなのだろう。 噂される相手はいつも派手で美人な女優や、お金持ちの美人令嬢たち、果ては海外セレブやハリウッド女優などだ。その者たちの誰かと極秘結婚し、双子を産んだのではないかと推測されていた。 碧翔も颯空も翔琉と同じ特徴的な瞳の色をしている。だから翔琉の子どもであることは、一目瞭然である。 だが瞳の色こそ違えど、ほぼ碧翔は俺似だというのに。 俺が。 俺が、お腹を痛めて産んだ子たちなのに。 内診などを終え、陣痛室へ通された俺は今回の妊娠で初めての大きなマタニティブルーへ陥る。 出産を控えたこのタイミングで。 と言っても、痛みが引いた僅かなタイミングでのみの間だったが。 独りベッドの上で痛みを耐えていると、看護師が俺に声を掛けた。 「龍ヶ崎さん、旦那様が到着しましたよ。入ってもらいますか?」 その問い掛けに、暫し俺は意地を張って黙ってしまう。 だが、次第に狭まってくる痛みの波に耐え切れず、頷いてしまう。 「大丈夫か?」 心配そうに腰を擦る。手際よくストロー付きのペットボトルの水を俺の前へ差し出し、こちらの様子を窺うように尋ねた。 双子には、代表でパパが様子を見てくるから外で大人しく待っているようにと伝えたらしい。 子ども用のプレイルームも院内にあったが、二人は二人の意志で外で待つことを選んだようだ。 併せて、家を出る前の約束が効いたのか、今のところ外から二人の泣き叫ぶ声は聞こない。 安堵した俺は、再び痛みと翔琉への苛立ちに向き合った。 聡い翔琉は俺の異変に気が付く。 「……颯斗、何か怒っているのか?」 そう言った翔琉の左手の薬指には、俺がいつかのクリスマスにプレゼントした安物がぶれずに存在している。 「――怒って、ない」 眉を寄せて顔を顰めていたが、それは痛みのせいだというフリをした。 すぐ様それも、本当に強い陣痛の痛みでもっと歪んでしまう。

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