70 / 82

第70話

「怒って……いませんけど……っゥ……」 腹を刺すような強い痛みに、俺の言葉は中断する。 「ほら、息を吐くんだ」 額から吹き出る俺の汗を、翔琉は顔を覗くようにタオルで拭いた。 悔しいが、言われた通りに俺はふーっと細く長く息を吐く。 確実にお腹の張りは強く、我が子が下がってきている感覚がした。どうしてもイブには産まれたいのだという強い意志がこちらにも伝わってくる。 「あああっ! あああ……っぅううう……うううーーっ」 いずれも濁点がつく程震えた声を上げた俺は、腰を揺すりながら痛みを逃す。 「ボールで痛みを逃すか?」 テニスボールを手にした翔琉を無視し、俺はベッドからゆっくり起き上がりアクティブチェアへ腰かけ、硬く張る下腹部を擦った。 背後で息を呑む翔琉の気配を察する。今まで、俺が無視するのはなかったことだ。驚くのも仕方がない。 だが、新しい生命を産む前にはっきりと言っておかなければ、こちらの気は収まらないのである。 それでも落ち着いた足取りでこちらへと近付いて来る翔琉に、余計俺の気持ちは逆撫でされた。 「……颯斗?」 いつも自信たっぷりの男が、酷く不安そうな声で俺を呼んだ。 「言って、おきますけど……っ、ゥ……、碧も、ッ……颯空も、この子もっ……俺の、子ですっ……からぁ」 何とか言い切って、俺はふぅーと長く息を吐く。 「当たり前だろう。何を言ってるんだ? 間違いなく、俺と颯斗の大切な子どもたちだ」 バカか、と言わんばかりに翔琉は返す。 「……でもっ、ここへ運ばれた時もぉ、……って言うか、付き合い始めた時からぁ……俺、周りから翔琉に見合うパートナーにっ……見られてなく……てぇ」 思いの丈を吐露してすぐ、痛みでぐったりし喋れなくなる。 その時だった。 悲鳴を上げる俺の肩を一瞬、抱き締めた。 「まさか今更、そんなことを気にしていたのか?」 耳許で呟いた翔琉は、素早く手を離し俺の腰を擦る。 「そんなこと、じゃ! ない、ですっ……ッ、もぉずっと……い、痛いっ……」 新たに子どもが産まれるこのタイミングだからこそ、だ。 唐突に翔琉は無言となる。それでも手は止まることがない。痛み逃しを積極的に手伝ってくれる。 事務所の意向とはいえ、夫夫であることを世間に隠していること以外は、文句なしどころかパーフェクト過ぎる旦那だ。 ずっとそれでも良いと思っていたけれど。 やっぱり子どもが大きくなって、俺たちの関係が公にされていないと知ったら。 否、何より俺自身がそろそろ辛いかもしれない。 こんなにも酷く愛されているのに、パートナーとして堂々としていられないなんて。 「龍ヶ崎さん、そろそろ子宮口確認しますね」 男性助産師の言葉に、翔琉も廊下で待機する双子たちが心配だからと声を掛け、一時退室する。

ともだちにシェアしよう!