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第71話
「もうほぼ全開ですね。今の痛みが引いたら分娩室へ移動しましょう」
俺より少し上に見える美形の助産師は、申し訳なさそうに言葉を続けた。
「――あの、こんなことスタッフが言うのも差し出がましいんですが……お二人はとても良いパートナーだと思います」
「え……?」
「五年前、双子を出産された時も俺、携わらせて頂いたんですが……その時は看護師だったんですけど。旦那様の龍ヶ崎様への愛は変わっていないような気がします。むしろ、もっと大きくなっているような……というか、久しぶりにお二人にお会いして、より夫夫感が増したというか」
手を借りながらベッドを降りた俺は、点滴台を支えにしながら前屈みの姿勢で、自分より少しだけ背の高い助産師をちらりと仰ぎ見る。
「世間ではお二人の関係は公表されていませんが、俺は誰よりもお似合いの深い絆で結ばれた夫夫だと思っています。見ていれば分かります。だって、五年前の龍ヶ崎様はそんな本音、言えなかったですよね?」
二人と共通の知人ではない、第三者から指摘されると妙に納得した。
確かに五年前の、学生だった頃の俺だったらこんなこと直接口頭で言うことはできなかったはずだ。
こんなことを口にしても、俺と翔琉の仲は揺るがないと。
大丈夫だと。
無意識の内に、そう確信があったからだろうか。
「余計なことを言って本当にすみませんでした。まさか超人気俳優のパートナーが、弟の友達とは思いもしなかったので、他人事に思えなくて」
思わぬ激白に、俺は痛みの合間に大きく目を見開く。
弟の……友達、って?
強くうねる下腹部の痛みに身体を捩りながら、俺は助産師に脇を支えられ、ふらふらしながら分娩室まで歩く。
「いつも弟がお世話になっております。赤羽心織の一番上の兄、千織です」
ふーっふーっと息を吐くことだけで精一杯の俺に、もう少しだけ千織は話を続けた。
「弟にも、内緒なんですよね」
意識が遠のきそうな中で、俺は下腹部を押さえながらこくっと頷く。
信じていない訳ではない。
心織は親友だが、翔琉の事務所により箝口令を敷かれている為、結婚したことも子どもがいることも、ずっと話せていなかったのだ。
「大丈夫です。こちらも守秘義務というものがありますので弟には話しておりませんし、龍ヶ崎様のお名前はよく話に出ますが、弟からその話だけは聞いておりません」
安堵すると同時に俺は分娩室へ辿り着き、いよいよ五年ぶりにその場所へと上がった。
「芸能人と結婚されたパートナーは、それを匂わせる方が多い中、この五年間、内助の功で陰ながら旦那様を支えてきた龍ヶ崎様の苦労は並々ならぬものだったでしょうし、素晴らしいと思います」
玉のように噴き出す俺の汗を拭きながら、千織は出産の準備を整えていく。
「きっと、旦那様もこの現状をどうにかしたいと思っているはずです。少なくとも、あれだけの超有名人がお姫様抱っこしてパートナーを運んで来るなんてまずないですし。少なくとも、旦那様自身は龍ヶ崎様を酷く大切なパートナーだと思っていますよ」
言い終わるか否かのタイミングで、立ち会い出産を希望した翔琉が分娩室へマスクに、医療用ガウンなどを身につけ入って来た。
……そうだ。
五年前、元々翔琉はこの関係を公にしたいと言っていたのだ。
すっかり忘れていたけれど。
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