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第74話
『龍ヶ崎さんは、十代の頃から噂があった方は女性αばかりでしたが、男性Ωと番うことに抵抗はなかったんですか? それとも嗜好が変化したのでしょうか?』
あけすけな物言いで男性記者は翔琉に前のめりで尋ねる。過去、週刊誌やワイドショーを賑やかにさせていた男の結婚とあって疑問が尽きないのだろう。
翔琉はそれに嫌な顔するどころか、ニコリと微笑んで見せた。
『抵抗も何も、彼が私の運命の番だっただけなので、嗜好とかそんなことは何一つ関係ございません。彼だから……高遠颯斗だからこそ、私は好きになったんです』
画面越しの、しかも直接俺自身に宣言されている訳でもないのに、強く胸が揺さぶられギュッとなる。
俺、だから……。
高遠、颯斗だから――好きになった?
常々、翔琉から局面でそう告白されていたが、今日ほどこの言葉が胸に落ち着き、響いたことはなかった。
嬉しかった。
酷く嬉しくて。
産後の身体の痛みなど一瞬にして吹き飛んでしまいそうだった。実際には、そんなことなどないのだが。
「龍ヶ崎様、聞きましたか? 今、旦那様がお名前を!!」
テレビの前で千織が歓喜し、俺の方を振り返る。
「……何だよ。これじゃ、俺……ここから退院したら、翔琉のファンたちに睨まれるじゃないですか。ね? 赤羽さん」
旧姓であったが実名で俺自身のことを公表され、内心酷く困惑している、はずだった。
「全くどうしてくれるんですかね」とぼやきながらも、不思議と安堵していた自分がここにいる。
ようやくこれで翔琉とのことを内緒にしなくても良いのだと。これからは堂々と俺のパートナーは龍ヶ崎翔琉で、碧翔や颯空、そして産まれたばかりの子どもは俺たちの大切な家族なのだと。
そう心から、はっきりと口にすることができるようになったからだろうか。
「……龍ヶ崎様」
心配そうな表情で近付いて来た千織は、はらはらと大きな雫を瞳から溢す俺の背中を優しく撫でる。
「素敵な旦那様と巡り逢えて、幸せですね」
千織の言葉に同意するように、俺は静かに一度頷く。
それから言葉には表せない感情が俺の心を充たしていき、今がどんな時よりも一番幸せだと思った。
「……はい、とても幸せです」
今すぐ翔琉本人へ抱き着き、この感情を口に出して伝えたい衝動に駆られる。
残念ながらそれは叶わないので、甘い匂いのする俺たちの末子を、愛おしい気持ち十分にそっと抱き締め、額へキスを落とした。
逢いたい。
翔琉に逢いたい。
早く、翔琉に逢いたい。
逢って、翔琉と出逢えたことで俺は今、一番幸せだよ、と。
大声で叫びながら言葉にできぬこの気持ちを、とにかく全て伝えたかった。
「本当に偶然でしたが、あの日、翔琉と出逢ったことは――運命だったと、今だったら俺もそう思えます」
現金だと笑われても仕方がない。
カメラの前で嘘偽りなく全てを語った翔琉に対して、俺の心はもう、一点の翳りもなかったのである。
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