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第75話

たたた、だだだ、と廊下を転がるような足音が二つ、次第にこちらへ迫って来る音が聞こえた。 今仕方我が子への授乳を終え、ベッドへ敷いたドーナツクッションの上に音を立てずにそっと腰掛けた俺は、一瞬だけ微睡んでいたのかもしれない。 「ママ!!」 「まま!!」 ドアが力いっぱい開けられるのと同時に自身の役割を大声で呼ばれ、はっと俺は目を見開き、反応する。 すっかり俺は親になったのだと、小さく心の中で笑う。 「ままー! あかちゃんにあいにきたよ!」 「ママー! ボクも! ボクも、ママと赤ちゃんに会いに来たよ!」 「はやくかおみせて!」 「ねぇ、赤ちゃんはボクに似てる?」 気付けば碧翔と颯空が俺を取り囲むように、グレーの瞳をキラキラさせてこちらを覗いていた。 「二人は翔琉パパと一緒に来たの?」 開けっ放しのドアに他の人影はない。 だからと言って、双子たちを連れて来たのは間違いなくこの子の父親で、先ほどテレビで会見をしていた翔琉しかいないはずだ。 「そうだよ! ぱぱは、あとからくるって!」 「駐車場に車、停めてから来るって!」 透き通った高い声が、次から次へと俺の質問に全力で答えた。 その様子が可愛くて、つい俺の頬は緩む。 「ねぇーねぇー! あおたちのいもうと、おなまえなんていうの?」 まるで二匹の仔犬がじゃれつくように、俺の膝の上にそれぞれ頭を乗せ上目遣いにこちらを見つめる。その仕草が本当に愛おしくて、一人ひとり抱き締めたい衝動に駆られていた。 だが満身創痍の身体では、五歳児二人を抱えるのは辛いものがある。 代わりに二人の頭を優しく撫で、末子の名前を伝えようと口を開く。 「――碧翔と颯空の妹は、『琉愛(るな)』だ」 午前中にテレビで観たスーツ姿ではなく、いつもの家族サービスをしてくれる時の、ブランドのダウンジャケットにブラックデニム姿というカジュアルな出で立ちで、そこに翔琉は立っていた。 「るな?!」 「るなちゃん?」 翔琉の言葉に目を丸くさせ、俺のベッドの隣りに並べられたベビーベッドで寝ている、産まれたばかりの妹の顔を二人は見に行く。 「るなちゃん、ねてる!」 「るなちゃん、可愛い!」 「おーい、るなちゃん! あおたちがおにいさんだよ!」 「おーい! るなちゃーん!」 興奮した様子で二人はぐっと踵を上げ、ベビーベッドの中で両手をギュッと握りあくびをする琉愛を覗き込んだ。 「二人共、静かに。琉愛が起きてしまうよ」 戸口に立つ翔琉は部屋の中に進み、双子を窘める。 二人は唇に人差し指を立て「しーっ」と言いながら、互いの顔を見合わせた。 親バカだなと言われそうだったが、その様子がとても微笑ましくて、可愛くて、俺はこの二人の親で良かったなとしみじみ思う。 「機嫌が良いな」 会見のことには一切触れず、翔琉は破顔していた俺にそう言った。 「それは、まぁ……琉愛を一生懸命眺めている二人が可愛いくて」 俺の方へ近付いて来る翔琉に、視線は子どもたちの方を見たまま俺は上機嫌で返す。

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