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第79話

――おい颯斗?」 遠く俺を心配そうに呼ぶ声がして、同時に肩も軽く揺すられる。 「ん……翔琉、何、ですかぁ?」 微睡みから引き離されるように声を掛けられた俺は、まだ重たく閉じたままの瞼を擦りながら応えた。 「何ですか、じゃないだろう? いくら暖房が調節されていると言っても、さすがに布団をかけないと風邪引いてしまうぞ」 「俺はだいじょぶ、です……それより、るなは、泣いてませんか……?」 目を瞑ったまま、心地好い俺は翔琉に尋ねる。 途端、目を開けていなくとも周囲の空気が険悪に変わるのが分かった。 「……颯斗、“るな”って……誰だ?」 酷く怪訝そうな声で尋ねてくる男を、俺は不信に思う。 俺たちの子どもの名前だと言うのに。 「もしかして、俺がいない間に……浮気でもしていたのか?」 静かに尋ねる男の言葉には、怒気さえ孕んでいるような気がする。 「浮気は絶対に許さないからな」 一言、翔琉はそう言うと俺の首筋をペロリと舐めた後、ガリっと鋭く歯を立てた。 「ンあっ!」 予期せぬ痛みを首筋へ感じた俺は瞠目する。 「翔琉っ?! なに?」 完全に眠りから覚醒した俺は、咬まれた箇所を擦りながらすぐ目の前にいた上半身裸の翔琉を見つめた。瞬きを何度も繰り返しながら。 「なに、はこちらのセリフだ」 「……え?」 夢から醒めたばかりの俺は周囲を見渡し、ここが病院ではなくすっかり見慣れた翔琉の家のベッドルームであることを知る。 「あれ? 俺、いま病院に入院してるんじゃないんですか?」 「颯斗? 何、言ってるんだ? 今夜(、、)颯斗(、、)()バイト先のカフェで新年会(、、、)があって、それに俺たちは呼ばれて行ってきただろう?」 真面目な顔して告げる翔琉は、心做しか病院に逢いに来てくれた時より若返って見える。 「新、年会……ですか? 俺、たちが?」 きょとんとしている俺を、翔琉は益々不安そうに覗き込む。 「――どうした? 頭でも打ったか? 少なくとも、寝ている間にも情熱的に愛を確かめあっている間にもぶつけた風はなかったが。ああ、でも途中……何度も酷くうなされていたな」 「え?」 どういうことだろうと思った。 「俺、酷く……うなされていたんですか?」 「あぁ。苦しそうに長い時間叫んでいたから声を掛けたが、暫くするとそのまま気持ち良さそうにまた眠り始めたから様子を見ていたんだ。その後も眠りながら百面相していたから心配で、起こしてしまったぞ」 翔琉のその言葉に、俺は黙って考え込んでしまう。 先ほど、そう言えば翔琉は新年会があってと話していた。 琉愛を出産したのはクリスマスイブで、まだ確か正月を迎えていなかったはずだ。 しかも俺は今、勤続四年目の商社を産休中だったはずである。 カフェのバイトは、大学卒業と共にそちらも卒業したはずだったが。

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