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小説→風呂

面接(と、言うには簡単過ぎる)を終えた俺は近所の書店に立ち寄り、花に関わる本をパラパラと捲ってはどの本を買うべきか一人、悩んでいた。 (花言葉とか手入れの仕方が書いてある図鑑ものがいいのかな? それとも園芸雑誌みたいなものがいいのかな? う~ん・・・わからん・・・) こんなに悩むのならあのイケメン店長にどんなものがいいのか聞いて帰ればよかった・・・。 俺はそんなことを心の内でぼやきつつ、気分転換に書店内をぶらぶらと歩きだした。 「お! 新刊出てる!」 その嬉しさに俺は堪らず声を発した。 その新刊と言うのは俺が中1の頃より読み続けている推しの作家さんの小説で俺は迷わずその新刊小説を手に取った。 その小説の作家さんは年齢不詳、性別不詳で書く小説のジャンルも本当に様々で謎の多い作家さんとしても知られている人だった。 一部のファンの間では団体で書いているんじゃないかって話もあがっている。 実は俺もそう思っているうちの一人だ。 ただ、俺は団体と言っても二人ぐらいだと推測しているのだが・・・。 「天才ってこう言う人のことを言うんだろうなぁ~。サインとか欲しいし、握手とかしたいなぁ~。マジで好きだ~・・・」 俺はそこが書店と言うことも忘れて危ない人のようにぶつぶつと呟きつつ、その憧れの作家さんが書いた新刊小説をパラパラと捲り見た。 これは・・・明日が仕事でなければ一晩で読み干す勢いだ。 「今回は恋愛か~。やっぱり女性の作家さんなのかな~・・・」 俺はそう呟いて手にしたその新刊小説を丁寧に閉じて回れ右をし、それと同時に誰かとぶつかった。 「す、すみません!」 俺はぶつかった相手に慌てて頭を下げてそう謝った。 頭を下げた俺の足元には買おうとしていた新刊小説が悲しく転がり落ちていた。 (ああ・・・汚れちまったかな・・・) そう思っていると床に落ちたその新刊小説を拾い上げる手が見えた。 「こちらこそすみません。よそ見をしていました」 そう言ったのは綺麗な落ち着きのある男性の声だった。 (こう言う声を俗にイケボって言うんだろうなぁ・・・) 俺はそんなことを心の内で呟きつつ、下げていた頭をゆっくりと上げていた。 お、おお・・・。 頭を上げると同時に俺の目に入って来たその人は黒髪黒縁眼鏡の長身細身のイケメンで優しい微笑みをふわりと浮かべていた。 長身で・・・細身で・・・イケボで・・・イケメンで・・・。 全く、神様は不平等だ・・・。 と、言いつつも俺も身長だけはけっこう高めで高校最後の身体測定の時には念願の180センチ台となっていた。 それから1センチくらいは伸びているのでは? と自分では思っている。 それでもその人の方が俺よりも少し背が高く、本当に神様は不平等だと思わされた。 「い、いえ。大丈夫です。俺が悪いので・・・」 俺はそう言ってその長身細身イケボイケメンさんが手にしている新刊小説へと目を向けた。 「・・・この小説・・・買われるんですか?」 長身細身イケボイケメンさんのその唐突な問いに俺は瞬いた。 「え? あ、はい・・・」 そんな間の抜けた返事を俺はして長身細身イケボイケメンさんの顔を不躾にまじまじと見つめ見た。 (綺麗な顔立ちだなぁ~。スタイルもいいし、服のセンスもいいし、仕事はモデルさんとかしてんのかな?) そんなことを不意に思った。 長身細身イケボイケメンさんのその服装はシンプルながらもお洒落で自分の容姿をよく理解してるなって思わされた。 くそ・・・。 嫌味かよ・・・。 長身細身イケボイケメンめ・・・。 「じゃあ・・・君はこちらを」 長身細身イケボイケメンさんはそう言うと棚に陳列してあったその新刊小説を手に取り、それをスッと俺の前に差し出した。 「え? いや・・・あの?」 「床に落ちてしまったこちらのは僕が買うから君はこちらをどうぞ?」 そう言ってニコリと微笑んだ長身細身イケボイケメンさんに俺は見事、ノックアウトさせられてしまっていた。 (対応までイケメンとかどうなのこの人!? 神なの!?) 俺は心の内でバカのように絶叫した。 ~・~・~・~ 「あ~・・・気持ちいい~・・・」 俺はバスタブいっぱいに張られた湯に浸かりつつ、じじ臭いセリフを口にした。 この就職難なご時世に一発で職を得た俺はかなりラッキーだと思う。 しかし、それにしても今日はイケメンに出会う率が凄かった・・・。 俺は今日、出会ったイケメンたちの顔を一人ずつ思い出していった。 花屋のイケメン店長 笠井(かさい) (とおる)さんはワイルドなイケメン。 その花屋の店員の剛志(つよし)さんは細マッチョ系爽やかイケメン。 そして、書店で出会った長身細身イケボイケメ ンさん・・・。 俺は今日だけで三人ものイケメンに出会った。 その中でも一際イケメンだったのは書店で出会った長身細身イケボイケメンさんだった。 長身細身イケボイケメンさんは爽やかで柔和で落ち着いていて知的だった。 (てか、なんだこの感想・・・。ちょっと自分が自分で怖いぞ・・・。彼女が居ない期間が長くておかしくなったか、俺・・・) けれど、それが本当に長身細身イケボイケメンさんに対する素直な感想だった。 (またどこかで出会えたらいいな・・・) 俺は心の内でそう呟いて風呂から上がった。

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