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メモ

「おはようございます!」 俺はそう声を張り、今日から俺の職場となる『フラワーショップ・フェアリー』へと足を踏み入れた。 「お~・・・おはよ。え~っと・・・」 そう気だるげに言って店の奥からひょっこりと顔を出したのはイケメン店長の笠井(かさい)さんだった。 今日もワイルドな無精髭が素敵ですね! イケメン店長! と、俺は心の内で呟いてニコリと微笑んだ。 「春海(はるみ)です! 遠野(とおの) 春海(はるみ)! 今日からよろしくお願いします!」 俺の挨拶にイケメン店長 笠井(かさい)さんはニカッと笑い、右手の親指を立てて『おう! よろしく!』と返してくれた。 (ああ、やっぱりこの人・・・いい人だ) 俺は朝からじんわりとそんなことに感動した。 「じゃあ、春海(はるみ)くん。まず、こっちに来て~」 イケメン店長 笠井(かさい)さんはそう言うと俺をダルそうに店の奥へと手招き、俺はそれに素直に従った。 「まず、朝来たらここに来てボードに貼ってあるメモに目ぇ通して。けっこう大事なこととか連絡事項とか書いてあるから。で、メモを書くときは必ず名前を忘れないように。まあ大体は書体で誰が書いたのかはわかるけど一応書いといてね~」 イケメン店長 笠井(かさい)さんからそう説明を受けつつ、俺はレジ前に置かれた安っぽいコルクボードへと目を向けた。 その安っぽいコルクボードには沢山のメモがカラフルな押しピンで留められていて俺はそのメモ一つ一つに目を馳せていった。 ~・~・~・~ 【10日に予約を受けている青戸さんの花束は赤系でお願いします。予算は3000円です。武田】 ほぉ~・・・。 このメモは花束の予約の伝言ですか。 それにしても武田さん・・・筆圧凄いな。 文字の回りの紙、窪んでる・・・。 【12日(土)お休み頂きます。イケメン店長 笠井】 イケメン店長 笠井(かさい)・・・。 笠井(かさい)さん・・・自分のことイケメンだって自覚してるんだ・・・。 これで笠井(かさい)さんがイケメンじゃなかったらただのイタイ人だよ。 いや、笠井(かさい)さんはイケメンだからいいけれども・・・。 笠井(かさい)さんの字体はちょっとへにゃって感じだった。 それは俗に言う癖字。 【店長。12日は山下さんとのプランニングが入っています。お休みはご遠慮ください。安藤】 安藤(あんどう)さん・・・。 安藤(あんどう)さんの字は本当に『女の子!』って感じの丸い字体だった。 可愛い字だな。 俺はそう心の内で呟いてちょっとにんまりとしていた。 【わかりました。じゃあ13日(日)にお休み頂きます。イケメン店長 笠井】 またイケメン店長 笠井(かさい)さん・・・。 イケメン店長・・・疲れてるのかな? 大丈夫か? 俺は心の内でそう呟きつつ次のメモへと目を向けた。 【13日は何かと忙しいと思うのでお休みはご遠慮ください。柴田】 柴田(しばた)さん・・・。 柴田(しばた)さんの字は小さくて気弱そうなそんな感じを俺に与えた。 この人も女性っぽい字体だな。 うん。 さて、次のメモは? 【もういつでもいいからお休みください。イケメン店長 笠井】 ・・・・・。 またイケメン店長の笠井(かさい)さんか・・・。 さて、次・・・。 【笠井店長。そう思うならちゃんと働いてください。あと、明日から入る新人は不満です。武田】 ・・・・・。 ・・・・・え? え? えぇ!? って!! おいぃぃぃぃ!! このボード、ほとんど機能してないよね!? てか、それどころか『明日から入る新人』って俺のことだよね!? 武田(たけだ)さんってもしかして剛志(つよし)さん!? なんで俺、そんなに武田(たけだ)さん(たぶん剛志(つよし)さん)に嫌われてるの!? 俺、武田(たけだ)さんに何かした!? まだそんな何もしてないよ!? 今後も何かする予定もないけれど!! 出勤してまだ5分も経ってないですけど、もうお家に帰りたいんですけど!? 何!? 早くも職場いじめですか!?

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