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第2話 犬、王子と再会す(2)

 大学時代、伊緒は一年の頃から所属していたテニスサークルの幽霊部員だった。二年の終わりに入った文芸サークル「新創作研究会」でも、人を突き放すような怜悧な容姿と、とっつきにくい言動のせいで浮いていた。伊緒の書く評論の的確さから一目置かれてはいたが、少しやさぐれた口を利く伊緒みたいな二枚目に対しては、アンタッチャブルな雰囲気が醸成されつつあった。  伊緒が三年に進級すると同時に、入ってきた二年生が斑目だった。  しかし、男の匂いのする斑目の書く作品は、センスがないのか、選考会議で弾かれてばかりいたのを記憶している。当時は「ラノベ調の人」「例のラノベの人」などと陰口を叩かれていたが、その頃、人知れず失恋の傷を癒していた伊緒は、周囲に対する関心が薄かったにもかかわらず、斑目のことだけは、夏の太陽のような痛みとともに覚えていた。 「そんなことで怒ったりするかよ。阿呆らしい」 「良かった……。安心しました。これからよろしくお願いします」 「こちらこそ。……とりあえず、業務の説明するから」  隣りに斑目を座らせ、伊緒が腰掛けた時、斑目の歓迎会の出欠簿が回ってきたので、伊緒は速攻でバツを付け、目の前の同僚に回した。 「伊緒、欠席? ブレないなあ」  眉をハの字にした同僚が言った。 「自由参加なんだから、いいでしょう」  伊緒は男ばかりの飲み会に文字通り吐き気を催す体質だったので、同席しても、自然と無愛想になり、場の雰囲気を乱すことを一課の人間はみんな知っていた。今では、空気を読むように、付き合いの悪い伊緒を誘う回数はめっきり減り、課内でもアウトサイダー的な位置におさまりつつある。  仕事はそれなりにこなすが、周囲から浮き気味の伊緒を持て余し気味だった課長は、仲間ができれば自然と課に溶け込むのではないかと想像したようで、課内で一番年下の伊緒のさらに下に斑目を付けたようだった。  横を見ると、何も知らない斑目が、伊緒をまっすぐ見ていた。  まるで尻尾でも振らんばかりだ、と伊緒は内心溜め息をつく。

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