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第3話 犬、王子と出逢う(1)
「先輩、テニサー、辞めるんですか……?」
うららかな秋の午後、学内で昼食を摂っていたら、いきなり斑目に話しかけられたのを覚えている。脳内の人物リストとかろうじて照合できたのは、斑目の出した「テニサー」という言葉に反応したからだ。
「関係ないだろ」
「すみません……気になって」
伊緒はまだ膿んで疼いている傷跡に指を突っ込まれた気がして、ついこの大型犬みたいな男を撥ねつけてしまった。過敏に反応してしまったことを誤魔化そうとする前に、叱られた犬みたいな表情で謝られ、機会を失した。
「何でそんなこと気にするんだ? 誰かに訊いてくるように言われたのか?」
疑心暗鬼から表情が強張るのを感じた伊緒は、努めて冷静になろうとした。
「違います。俺の意志です。あの、「新創作研究会」にも入部したって聞いたんですけど、本当ですか?」
「だったら何だ? 悪いか」
「凄いですね。あの研究会、めちゃくちゃ入部のハードル高いのに」
「別に」
会話をしながら、こいつの目的は何だろうと伊緒は思った。もしや動画がネットに出回ったのだろうか。それともテニサー界隈で、噂にでもなったのだろうか。どちらにしろ関係ない、と伊緒は意志の力で密かに思い直す。
「俺も、入部してもいいですか? できたら、ですけど……」
(……こいつが、あの男の紐付きでない確証はない)
この時、伊緒は周囲の誰も信用できない状態だった。もしも、あの男の息がかかっているのなら、与える情報はなるべく少ない方がいい、と判断した。
「好きにしろよ。俺には関係にない」
冷たく言い返し、追い払ったあとで、そういえば最近、「新創作研究会」が、実力のない一年生を入れる入れないで揉めているという噂を思い出した。その筋の話なら、一番最近「新創作研究会」に入った伊緒に、傾向と対策を聞きにきたのかもしれない。だが、いずれにしろ関わるつもりはない、と伊緒は結論付けた。
文芸サークル「新創作研究会」は、小説、詩歌、俳句、評論などからなる季刊誌を年に四回出している創作系サークルだ。ただ、他のサークルが来るもの拒まずなのに対して、「新創作研究会」に属するには、サンプルを提出し、部内の編集会議で通らなければならない。文壇で活躍中の多くの作家や評論家が「新創作研究会」OBにはいる。伊緒はその四季報に、評論を寄稿していた。
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