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第5話 犬、王子と話す(1)

 ラノベが悪いわけではない。というより、どんな作品を読んでも、読み手の感受性が問われると伊緒は思っていた。汲み取れないのはその人の限界を示しており、小説や詩歌と違い、評論は自分を曝け出す必要がないと思われがちだが、伊緒に言わせれば全くナンセンスだった。  だが、ある種の特権階級意識を持つ「新創作研究会」の部員たちの多くは、斑目を実力もないのに入部させた上層部への不満と、颯爽とした夏の日差しのような容姿に対するルサンチマン的憧憬を込めて、彼を「例のラノベの人」「ラノベ調の人」などと呼んでいた。  そしてそれは、間もなく本人の耳にも届く。  部室で二人きりになった時に、話題になったことを伊緒は覚えていた。 「知ってます」  なぜそんな話になったのか、斑目は恥ずかしそうに言って頭をかいた。 「正直、俺、才能とかないし。みんなが笑えるようなものが書けてるなら、御の字ですよ」 「どうしてだ」  自分の行いのせいで、斑目を傷つけた、という苛立ちが伊緒にあるせいか、口調が乱暴になる。 「実は、サンプル提出を求められた時、何書いたらいいのかわからなくて、妹の本棚にあった本を適当に借りて読んでみたんです。そしたら影響受けちゃって」 「何だそりゃ」 「本当は入部するまでは、小説とか評論とか、あまり読んだことがなくて」 「罰ゲームか何かなのか?」  野心などない、とこともなげに言い切る斑目が、どうして「新創作研究会」に、と思った。誰かに命令され、是が非でも中に入ってこいと言われたのか……、制裁が怖くて当たって砕けろ的な自暴自棄になったのか……、と伊緒は想定した。だが、斑目からはそういう暗い匂いがしない。だから謎だった。  もっとも、自分の嗅覚にすっかり自信を無くしていた伊緒は、何を信用したらいいのか、全く判断がつかなかったが。 「違いますよ。俺の意志です。まぎれもなく」 「じゃ、何であんなに揉めてまで、うちに入りたかったんだ?」 「それは……今、言わなくちゃ駄目ですか?」  垂れ耳の犬よろしくつぶらな目で言われ、伊緒は急に詮索したことが恥ずかしくなった。 「別に。俺はお前なんかに興味ないから」  そうだ。興味なんかない。こんなわけのわからない奴に、興味なんて持たない。  伊緒が手元の本に顔を伏せると、しばし沈黙が降りた。 「好きだからです」 「え?」  何が? 「俺が、好きだと思ったからです、先輩」  その時の斑目は、澄んだ目をしていた。

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