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第7話 犬、王子に懐く(2)
「俺は……先輩の批評だけ違ってたから、すごく嬉しかったんです」
謙遜でなく、まっすぐ伝わる想いに、伊緒は自分こそが救われている、と思った。
「……どうして辞めないんだ?」
だからこそ不思議だった。仮にも文学を志す意志があるのなら、ラノベなどと評されて、落ち込んだり、筆を折りたくなったりするはずだ。そういう人間を減らしたくて、伊緒は斑目の批評用紙いっぱいに文字を埋め尽くすように書いた。
「辞めるべきですか? やっぱり」
神妙に尋ねるので、かえって否定することができない。この若木を曲げたくないと、心のどこかで強く思っている。お前はそのままでいるべきだ。お前の価値はそこにある。そう言ってやりたかったが、伊緒がそれを言葉にしても、偽善になる気がした。
「先輩には正直に言いますけど、俺、文学とかわからないし、最初はそれほど興味もなかったんです。でも、好きな人が好きなものには、自然と惹かれていくみたいで……。俺の目的はすごい作品を書くことじゃなくて、好きな人に笑って過ごしてもらうこと。好きな人の傍に居続けることなんです」
少女漫画みたいなことを、真摯に告白する斑目の気持ちが、まっすぐ伝わってくる。
「……そうか」
「はい。だから最初は手段として書いてたら、何かああなっちゃって……。恥ずかしいんですけど、でも、これも俺かな、って」
俺かな、って。
そう自分を肯定できる斑目に、伊緒は少しだけ焦がれた。斑目といると、満身創痍の夜に独りで蹲り、周囲に張り巡らせたザラついた壁を、解きたくなる。
そう考えた瞬間、伊緒は自分の中に萌芽した感情に気づいて、愕然とした。
手痛いしっぺ返しを受けて、もう二度と人を好きになるまいと誓ったはずだった。なのに、伊緒の世界の全てが、静かに斑目に向かいはじめる。まるで風に煽られた炎のように、斑目に恋を、叫びはじめる。
(この想いに水をやってはいけない。育ててはいけない──)
以来、伊緒はゼミの課題が忙しいだの、就職活動の準備のためだのと理由をつくり、斑目に逢うのを避け続けるようになった。
斑目は、伊緒の微細な変化に気づいたのかどうか。全くお構いなしで、昼食や授業の空き時間など、どこで居場所を調べてくるのか、伊緒を追いかけ回していたが。
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