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第10話 犬、王子に誘われる(1)

 怪しげなネオンの灯る通りに、鉄のプレートを掲げただけの半地下の階段を降り、ドアを開けると、オレンジ色の間接照明の灯りに照らされたログハウス風の店へと出た。広い店内の手前には、四人掛けと六人掛けのテーブルが並び、その後ろに二人から三人用の小さな立ち席のテーブル、その奥に十人掛けのカウンターという配置だ。切り出したままの木の色が剥き出しのテーブルや椅子は、モダンで家庭的な雰囲気を醸し出している。 「ここ……?」  伊緒に続いて階段を降りてきた斑目が、そこはかとなく漂う空気に気づいたのか、尋ねた。 「ミックスバーって言って、そっちの人間も混じってる店だ」 「そっち? ああ……」 「俺の行きつけだから、誰にも言うなよ。他人には知られたくない」 「わかりました。言いません」  伊緒がそれとなく釘を刺すと、斑目は何を思ったのか、生真面目に頷いた。 「ミックスって言っても男ばかりなんですね」 「場所柄な。俺みたいにオープンにしてない奴でも、間違って入ったって言い訳が立つし、相手見つけるにはちょうどいいんだ」 「相手……」  店の一番奥にある止まり木に二人して座ると、斑目は初めて伊緒に対して不快感を露わにした。 「どうした?」 「俺、ちょっと怒ってます」 「は?」  いきなり言われて鼻白む伊緒の隣りで、斑目は出てきた乾き物の皿を引き寄せた。 「実は先週、歓迎会してもらった時に、先輩の噂が出たんです」 「へえ」  斑目は、伊緒に尋ねられると、そこで忠告されたことを素直に話した。曰く、伊緒は素行が悪い。曰く、仕事以外で付き合うのはやめておいた方がいい。曰く、男女関係なく寝る奴らしい。曰く、一度寝た奴とは二度と寝ないらしい。要するに遊び人だから、餌食になるなと言われたようだった。 「なるほど」  そういう噂には慣れっこになっていたが、さすがに面と向かって言われるといい気持ちはしなかった。とはいえ、済んだことに目くじらを立ててもしょうがない。それに、そういう噂が出るような振る舞いをしてきた自覚もあった。斑目が悪の道に引きずり込まれる前に、忠告してくれた有り難い先輩の気配りだと思えば、どうということはない。 「心配しなくても、誰彼構わず手ぇ出すほど飢えちゃいないよ」 「怒らないんですか?」  そうじゃなくて、と斑目は言った。 「否定してください。そんなの嘘だって」 「どこを? 恋愛対象が同性なことをか? 下半身が緩くて、気に入った奴とすぐ寝ることをか? 特別な相手をつくらないことをか? それとも……」 「茶化さないでください」  伊緒は斑目を揶揄いながら、心の中は自称痕だらけだな、と思った。だからこそ、ひとつぐらい傷が増えても、今さら気にならないし、怖くない。

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