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第19話 犬、失恋す(1)
誰かに名前を呼ばれ、甘いバターと砂糖の焦げた匂いに目が覚めた。
「希先輩、うなされてました」
ふと目を開けると斑目がいた。身体はきれいに清拭され首元まで布団がかけられている。気がつくと、節々が痛くて、眠っている間に瞼に溜まった涙が、行き場をなくして流れ落ちるのを、斑目が拭う。
「……今何時?」
「土曜日の朝十一時半です。朝っていうか、もう昼ですが。……大丈夫ですか?」
「……」
現実と夢がごっちゃになって、上手く目覚められない。しばらくぼうっとしていると、斑目がベッドサイドで俯いた。
「すみませんでした」
「?」
「俺、止まれなくて」
そういや昨夜は斑目と寝たんだった、とガタつく股関節に記憶が戻ってくる。悪夢を見たのはそのせいだったか、と原因がわかると、少しだけホッとした。
「何か言ってたか? 寝言で」
「いえ。でも、や、とか、うう、とか、うなされてる感じでした」
「そう、か……」
あれだけ突き動かされ、刻み付けられ、残滓を蒔かれ、噛み跡をつけられ、引っ掻かれ、抱かれたのだ。悪夢を連想しても不思議はない、と思った伊緒は、斑目に組み敷かれ、乱れてしまったことに羞恥を感じた。
「お前、この匂い……」
「すみません。冷蔵庫とか勝手に開けて……。あの、今日は全部俺がやりますから、好きなようにこき使ってください。ブランチ、用意したんで、よければ食べてください」
「その前にシャワーするわ」
「はい」
斑目に支えられ身体を起こすと、中に蒔かれた白濁が伝い出てきた。無茶苦茶やられたと思っていたが、これなら何とか土日で立て直せそうだと見当をつける。起き上がると、伊緒はシーツで身体を包んだまま、斑目に「ここにいろ。ついてくんな」と言い残し、バスルームへと向かった。
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