22 / 43
第22話 犬、失恋す(4)
「俺が犬なら、先輩は飼い主だ」
「何でそうなる」
「俺を犬にしたのは、あなただからです」
「何でそうなる」
反駁しながら、伊緒は斑目をどうしたいのか、今一度考えた。
「昨夜だって、約束の一時間を超えても、一緒にいてくれたじゃないですか。今日だって、あれだけ無茶苦茶して、追い出されても当然なのに、俺の理由に耳を貸してくれた。あなたはいつもそうだ。責任、取ってください。今は、犬でもかまわない。でも、あなたの隣りに立てる日が、いつかくるかもしれない可能性をください。俺に、未来をください。それが、俺の話の要点です」
斑目がかき口説くように伊緒の方へと身体を倒した。伊緒は「馬鹿言ってろ」と呻いて、この場から逃げ出すために本を投げ出した。
「俺は、あなたが好きです」
「知るか。俺は寝る」
「希先輩……」
「触るな……っ!」
瞬間、伸びてきた斑目の腕を振り払ったつもりが、強い力で叩き返してしまった。
「あ……」
痛みを堪え、斑目が眉を顰めた。
悪かった、と言おうとして、ふと思い至った。こうして情けをかけるから、この犬は寄ってくるんじゃないか。本当に忘れさせたいなら、もっと厳格な態度を取らなければ、斑目には通用しない。
それに、伊緒は、ただ想い出が欲しかっただけだった。独りで生きていけるだけの、幸せな記憶があれば、それだけでかまわなかった。
峻絶すれば、あるいは元の関係に戻れるのではなかろうか。斑目を懐に入れる勇気がない以上、道はひとつだけだった。
「……触るのも、駄目ですか」
斑目の滲んだ声が苦しげに言う。
「……お前との関係性を変える気はない」
「っどうして、ですか」
「俺は、飼い犬に手を噛まれるのが一番嫌いなんだよ……!」
「……っ」
斑目を見ると、どこかを抉られたような顔をしていた。
ともだちにシェアしよう!