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第23話 犬、失恋す(5)

「他人の飲んだペットボトルとか、つり革の手すりとか、ラブホなんかも大嫌いだ。男ばかりの飲み会も。お前を家にあげたのは、あんな場所には入れないからだ。特別ってわけじゃない。俺は、噂されるような人間なんだよ。俺を嗤ってる奴らは正しい。間違ってるのは、お前だ、斑目」  そうだ、特別なわけじゃない。断じて斑目を特別にしていいわけがない。  まるで死刑宣告をしている気分で、胸の辺りがむかむかする。 「……のぞ、せんぱ……」 「わかったら、荷物をまとめて帰ってくれ。また会社で逢おう」  うな垂れた犬だった斑目が、その瞬間、ひとりの男になった。斑目の心の中で、何かが形を変えたのが、伊緒にも見えた気がした。 「もう一度、機会をもらえませんか」 「……」 「せめて、俺がどれだけ希先輩を想っているかだけでも……っ」 「駄目だ。帰れ」  傷つけているのを自覚して、心臓にねじ切れるような痛みが走る。斑目は伊緒の容赦ない言葉に絶望した表情をして、最後にはそっと立ち上がった。 「わかり、ました……」  ソファの上の伊緒を見下ろして、しばらくじっとしていた斑目は、やがて荷物をまとめると、すごすごと伊緒に背を向けた。 「……さようなら、伊緒先輩」  ドアを開けると、斑目は静かに出ていった。 「……何が、わかりました、だ……」  斑目を、言葉で傷つけたことへの罪悪感が膨れ上がる。気づけば、胸の奥の熾火がパチパチと音を立てて燃えはじめていた。拒絶したはずなのに、斑目に向かい、風が吹く。風に煽られた炎は、最早、伊緒ひとりでは消せない強さになっていた。 「何がわかったって言うんだ、馬鹿犬……っ」  ソファに蹲った伊緒は、呻いた。もがき、のたうち、足掻いた。この胸の痛みを、どうにかなきものにするために。

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