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第24話 犬、野良となる(1)

 仕事でミスをした。  どうでもいいような細かいことだが、チェックを怠って、結果、ドミノ倒しのようにチームに迷惑をかけ、課長に迷惑をかけ、先方に謝りにいった。  最近、ずっとついてない。  原因はわかっていたが、理由をつくったのは伊緒自身だった。  斑目と別れて数ヶ月が経過していた。季節は秋の紅葉真っ盛りで、太陽に照らされた落ち葉が黄金色に輝いている。一雨毎に寒さが深まり、飛来する落ち葉を見ながら、伊緒は欲求不満のまま、誰とも寝ていない自分を訝しんだ。 『希、せんぱ……い、ここ、イイですか? 俺は、ココが、イイです……っ』  時々、伊緒の脳内は、こうしてピンク色になる。あんなセックスのあとで、何をどう上書きすれば元に戻れるのか、全くわからなかった。  組み敷いた伊緒を抱く長い腕。  斑目が腰を穿ってくるのが、死ぬほど気持ちいい。  長い時間をかけて自分の中の傷を必死に覆い隠し、上書きしてきたつもりだった。なのに、斑目との交合は、脳がバグでも起こしているみたいで、どうしてこんなに気持ちがいいのかわからないまま、伊緒はただ、泣いていた。 『は、ぁっ、イイ、ッ、夏、夏日……っ』  あんなに我を忘れて乱れるなんて、初めての体験だった。  今までしてきた酷いセックスを、次の酷いセックスで上書きしてきた伊緒の、最後の記憶は斑目とのそれだった。上書きの必要のない想い出に、満足したはずだったのに、もっと欲しいと求めはじめ、次第に息ができなくなっていく。 「もういい! この件に関しては、斑目、お前に任せる」 「はい」  要領を得ない報告を聞いていた課長から、そう引導を渡された。白昼夢の中にいた伊緒は、斑目の返事にやっと現実に引き戻された気分だった。 「伊緒、引き継ぎ、ちゃんとしてやれよ。それで、お前はしばらく斑目のカバーに回れ」 「わかりました」  重荷になっていた仕事の一部の担当を解かれ、伊緒はようやくタイをわずかに緩めることができた。

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