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第25話 犬、野良となる(2)

 会議室に二人きりは、なかなかハードルが高かったが、引き継ぎを命じられたら、そうも言っていられない。斑目は淡々とした表情で、与えられた仕事を着実にこなしている。最近の伊緒にはそれが見えていなかったも同然だったから、いい機会だと思った。  元々、伊緒は自分をそれほど有能だと買い被っていない。チームで働くなら、斑目の方が円滑に色々と進めるには向いているだろうとすら、思っていた。 「これが今後の予定と工程表だ。先方は、細かい数字を見ないでOKを出してくるところがあるから、そこんとこ、面倒でも毎回確認を頼む」 「工程は、今のところ前倒しなんですね」 「ああ」  言いながら、あの日以来、ずっと斑目と個人的な話をしていないことを思った。斑目はもう吹っ切れたのだろうと考えると、少し羨ましい。未だに斑目を見るたびに、心のどこかが血を流す錯覚に陥る伊緒は、しっかりしなければ、と内心で自分を叱った。 「あと、ボトルネックになりそうなのが、ここと、ここ。それから最終チェック前の……」  淡々と話していると、いきなり斑目が伊緒の人差し指を握ってきた。 「先輩、あの……」  刹那、全身の血が沸騰したような感覚に襲われる。 「何だ? わからないことでも?」  ガラス張りの会議室は、360度どこからでも見ようと思えば見ることができる。必死で取り繕うが、ひしゃげた声は掠れて、まるで使い物にならない。せめて音声が外に漏れないことに胸をなでおろし、外部の視線を意識して、斑目の指を解こうとする。が、伊緒が必死になっているというのに、斑目は力を加えてくるだけだった。 「この間の、話の続きを」  その言葉に伊緒はカッとなった。伊緒の努力をものともせずに、あの日へタイムスリップさせようとするなんて、どこまで馬鹿犬なのだと怒りのあまり口が利けずにいると、そっと謝られる。 「蒸し返してすみません。あなたが必死に振り切ろうとしているのに」  斑目に、そういう風に見えていたことを暴露され、伊緒は愕然として青ざめた。さぞ、愚かな一人芝居に映っていただろうと考えると、伊緒は絶望のあまり怒るのを諦めた。 「何のことだ。指を離せよ」 「俺、先輩を傷つけてたんだと、あとであなたの態度を見て、悟りました」 「斑目……っ」 「お願いです、聞いてください。聞くだけでいい」  斑目の口調からは、凛とした決意が伝わってきた。伊緒が沈黙すると、斑目は静かに頭を下げた。

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