26 / 43

第26話 犬、野良となる(3)

「自分勝手をしたこと、すみませんでした。あなたの希望に沿わないやり方をしたこと、後悔してます、心から。先輩の気持ちがわからなくて、拒絶されるぐらいなら、いっそ自分から離れた方がいいと思ったこともありました。でも、あなたを思い切ることなど、できない。無理です。好きです」 「……」  伊緒は動揺したまま、それで黙々と仕事をし出したのか、と納得した。  しかし、あれはどう考えても伊緒が悪い。童貞だという奴を、同じ課だというのに、酔いと勢いに任せて自分の欲望のために構わず食って、後始末もちゃんとせずに突き放した。その報いが伊緒に跳ね返ってくるのは、覚悟済みだったはずだ。  なのに、斑目は、今の情けない伊緒の姿を見てさえ、まっすぐな眼差しを投げてくる。 「……公私混同、するなと言いたいところだが、俺が公私混同しといて、それはないよな。謝罪は受け入れる。だから指を離してくれ。周りから変だと思われるだろ」 「希先輩……」  溜め息混じりにやっとそれだけ言うと、斑目は名残惜しそうに身体を乗り出してきた。 「やっと吹っ切れると思った途端に、何で戻ってくるんだ、馬鹿犬」 「すみま、せん……」  懇願されて、断れればどんなに楽かしれない。斑目のことが気になって仕方がなかったことを、伊緒はまず自分に認めさせた。心の中で熾火だったものが、乾いた風に煽られ、伊緒の自我を壊すほどに燃えさかっていた。 「俺は、男にも女にも、触られるのが嫌いだ」  斑目が息を呑む。指に動揺が走るのがわかった。 「けど、お前とは嫌じゃなかった」  もう終わりだ、と伊緒は思った。これ以上、誤魔化せない。伊緒を慕ってくれる斑目に、嘘も隠し事もできなくなる。傍にいられなくなる日がくるとしても、開示する他に方法がなくなってしまう。 「俺は、自分のことがわからない。怖いんだ。お前のことを、怖がらない自分が」

ともだちにシェアしよう!