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第33話 狂犬、王子を救う(2)

「待て待て、待てって! どこいく気だ!」  だが、冷静に聞いてくれ、と言ったにもかかわらず、止める伊緒を斑目はずるずると引きずりながら、元きた道を戻るべく、憤怒の表情を浮かべた。 「もう何発か頭突きしないと俺の気がおさまらない」 「待てよ……!」 「待てるわけないでしょ、俺を嫉妬で狂わせたいんですか!」 「夏日……」  血を吐くように言われ、伊緒はその激しさに驚いた。斑目は怒りを抑えると、奥歯を噛み締めて唸った。 「でもまあ……あの男の基本情報は把握済みですから、何かあったら俺がぶっ潰してやりますよ」 「把握済み? どういう……」  ことだ、と言いかけて、斑目が先ほど、男の懐から何かを抜き取っていたことに思い至った。斑目は、煮え繰り返る腸を内に秘めたような凶暴な顔で、手の中に握っている名刺を伊緒の前に示して見せた。 「これ……」  慌てた伊緒が名刺を取り返すが、斑目は凶悪な顔で笑っただけだった。 「探す手間が省けました。いつかボコボコにしてやろうと思ってたので」 「……──」  伊緒はしばらく男の名刺を見ていた。何の変哲もない、男の所属と現在の肩書き、電話番号とメールアドレスが記されているシンプルで小さな紙切れだ。が、伊緒は、斑目の見ている前で、やがてそれを思い切り破り捨てた。 「希先輩……っ?」  驚く斑目の前で、名刺だった紙片を細かくするほど、伊緒の中で、あの過去がほろほろと崩れていく気がした。紙吹雪のように小さくすると、伊緒はそれを空に投げた。その手首を斑目が掴む。 「先輩……」  伊緒は斑目に柔らかく笑いかけた。 「もういい」 「──先輩……。蒸し返すようで悪いですけど、名刺破っても基本情報はインプット済みなので、何かあったら俺に言ってください。どんな手を使っても、ぶっ潰してやりますから」  ある種の決意の込もった目で睨まれ、伊緒は小さく「うん」と返した。 「でも、もういいんだ。だからお前も、あいつには執着するな」 「先輩……」  風に煽られてアスファルトに散ってゆく名刺の欠片から目を逸らす。本当に、もういい気がした。あの名刺を、斑目の前で粉々に破ることで、過去に蹴りがつけられたような気がした。 「それより、寒い。行くぞ」  斑目を誘い、歩き出す。  どこへともなく続く道へ、今度は二人で。

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