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第34話 狂犬、王子を救う(3)

「これから、どうする? ま、一緒に過ごすって言ったら、やることはひとつだけど」  安いチェーン店の飯屋で腹を満たすと、伊緒は斑目に尋ねた。 「あの」 「?」 「最初にした朝、希先輩、眠りながら泣いてましたよね? あれって……」  妙に鋭い嗅覚のある斑目の声が震えていた。伊緒は箸を置いて水を飲むと、斑目に誤解をさせないために言った。 「そうだけど、あれはお前のせいじゃない。時々、思い出すとああなるけど、夏日にされたこととは関係ない」 「でも」 「お前、頭にきたとか言ってたけど、それほどめちゃくちゃしなかっただろ。ヤられてみりゃ、手加減されたかどうかなんて、すぐわかる」  伊緒は、中身が半分ほどに減ったグラスをテーブルの上に置いた。 「先輩、俺は、したくないなら、今日は飯食って終わりでもいいです」 「馬鹿。変に期待させておいて、今更それか? ヤッとこうぜ。ちょうどそういう気分だし」  やさぐれた口調で言ったあとで、伊緒は、斑目としたいと思っていることを、伝えていないことに気づいた。 「俺は、夏日としたい」  沈黙が数瞬続き、斑目の方を見ると、やっと納得したのか、静かに頷いた。 「わかりました。俺も……したい、です」  目の前で鯖の塩焼き定食を完食した斑目は、先ほどの狂犬ぶりが嘘のような穏やかな顔で言った。 「じゃ、あの、先輩。良ければ俺の家にきませんか?」 「お前の?」 「もっと先輩に俺のこと、知ってもらいたいので」 「いいけど」  伊緒はラブホに入れない。かと言って伊緒の家に押しかけるのも遠慮があるのだろう。斑目の生活に興味の湧いた伊緒には、その提案は魅力的に見えた。 「じゃ、ゴム買ってくか」  会計を済ませ、駅中のコンビニに寄る。男二人でコンドームを買うという行為についての羞恥心は、甘い衝動に置き換わった。斑目が「それは俺が」と言って、レジにゴムを持って行ったのを視界の端で捉えながら、伊緒は適当にハンドクリームを選んだ。  今からするのだと思うと、心臓が高鳴るのが不思議だった。コンビニを出て、駅の西口から徒歩で五分程度のところに、斑目の家はあった。  エレベーターの箱に乗ると、肩が当たった。 「希先輩、これで拭いてからなら、俺のこと触れますか?」  言って、斑目はゴムと一緒に買ったらしきウェットティッシュを袋から見せて言った。 「というか、そこまで酷くない。お前に触られるのは、嫌じゃない、し……」 「でも、不快ではあるんでしょう?」 「そんなことない。お前なら」 「そう、なんですか……?」  遠慮がちに猜疑心を持っているらしき斑目が、伊緒のことを考えてくれているのが嬉しくて甘い情動が満ちる。他の男の家に上がることを試したことはなかったが、窓があり、持ち主が斑目なら、きっと大丈夫だろうと思った。 「手、繋ぐか」 「いいんですか?」 「いいってば」  しつこいほど確認されるので、あの時の伊緒の言葉が斑目を傷つけたのだとわかった。

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