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第35話 狂犬、王子を救う(4)

 そっと手を握ると、ぎゅ、と遠慮がちに握り返される。その指と指の隙間に指を入れて、伊緒がしっかり斑目の手を握り返すと、あえかな声で名前を呼ばれる。 「希先輩……」  乾いた手の温もりを感じながら、伊緒は恥ずかしくて俯いた。 「この間は、「触るな」とか言って、悪かった。あれは本気じゃなかった。というか、お前には触られても嫌な感じがしないから、戸惑って変な態度になってたんだ。ごめんな」 「いえ。大丈夫です」  言って、斑目は目的の階数のボタンを押すと、前を向いたまま伊緒の横顔をチラリと凝視した。 「俺、お前と寝たら、一生の想い出になる気がしたんだ。俺は薄汚れてて、同性愛者なのに、あの事件があってから男とまともに寝られなくなった。しばらくして、性行為に耐性のない童貞となら、何とかなるってわかって、童貞狩りみたいなこともしてたけど、同じ相手と二度寝られない上に、セックスは痛くて汚いものだと思ってたから、生理的に追い詰められた時しかできなかった」 「遊んでたわけじゃないんですね」 「遊んでたんだろうと思うよ。周りから見れば。でも、あんまり記憶が定かじゃないけど、求めることを能動的にしたのは、正直、お前とした時が初めてだった。肌の熱が心地いいとか、安心するとか、そんなこと考えたこともなかったな」 「先輩……」 「お前を気持ち悪いとは少しも思わない。脳がバグでも起こしたのかと思ったけど、本当に好きな奴とヤると、そうなるのかもな。おかげで、あれから誰とも寝てないし、他の奴としたいとも思わなくなった。……変だよな?」 「変じゃないです。それが普通ですよ」 「そうなのか?」 「少なくとも俺は、先輩以外とは、したいと思わないです」  言われた言葉に赤面すると、ポンと音がして目的の階に着いた。 「そういうものか。俺、お前といると、なんか全体的に変なんだよな。落ち着かないっていうか。触りたいけど、触れないっていうか。最初にした時、気持ちよすぎてイき過ぎたせいかと思ったけど……」 「ストップ」  言葉を継ごうとする伊緒に、斑目がぶっきらぼうに待ったをかけた。 「どうした?」 「着きました。ここが俺の家です。話の続きは、中で聞きます」 「? いいけど、何でストップ?」  わざわざ止める必要があったのか、疑問に思い、甘えるように隣りにいる斑目を振り仰ぐ。すると、ぎゅっと伊緒の手を強く握り言われた。 「あんたのことを食いたくてしょうがないのに、俺の理性がもたないからです」  凶暴な表情をわずかに覗かせ、言われて、斑目と伊緒は示し合わせたように視線を合わせたあとで、互いに別の方向を見て、黙った。

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