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始まりは、ちょうど去年の今頃の梅雨の時期だった。
外は連日大雨だった。放課後、担任との二者面談が終わった正也は、くたびれた身体で伸びをしながら人気のない廊下を歩いていた。
階段を下りていくと、正也は玄関に一つの人影があることに気がついた。
よく見てみるとそれは男子生徒であり、彼は憂うように、立ったまま玄関の外を眺めていた。
正也はそれを見て、彼が傘を忘れたのではないかと思うと同時に、登下校で彼を何度か見かけたことがあることにも気がついた。
だから、正也は彼に声をかけた。
「ねえ。傘、忘れたの?」
彼はびっくりしたように振り返ると、驚きつつも正也の目を見てこくりと頷いた。
「…じゃあ、途中まで入る?東駅の方だろ」
「え…」
「あ、違ったか」
「いや、合ってるけど。何で知ってんのかなって」
「学校行ってるとき、けっこう見かけるから。たぶん方向同じかなと思っただけ」
彼は真顔で正也を見つめながら、いくらかぱちぱちとまばたきを繰り返した。それから言った。
「…じゃあ、入れてもらってもいい?」
「うん」
そうして、その日二人は一緒の傘に入って帰った。
会話はあまり長く続かず、ややぎこちないものだった。
しかしその中で、正也は満の名前とクラスを知ることができた。それから、彼が天然パーマだということも発覚した。
満の長めの髪がゆるくうねっているのは、どうやら湿気のせいらしかった。正也はこっそり満の髪型をおしゃれだなと思っていたのだが、それは満の意図せざるものだったらしい。
「雨の日だけ、いっつも先生に怒られるんだ。パーマは校則で禁止だろって」
「大変だな。わざとじゃないのに」
「うん」
やがて信号を渡った別れ道のところに来ると、満は足を止めて言った。
「俺、こっちだから…」
「あ、うん。それじゃあ」
正也は満に軽く手を振ると、自分の帰り道に足を向けた。
正也がそのまま再び歩みだそうとした時、満が正也を呼び止めた。
「待って!」
正也が振り返ると、満は正也の目を見ずにぎこちなく言った。
「あの、ありがとう」
正也は、呼び止めてきた満の勢いに驚きつつも言葉を返した。
「ああ、いや。どういたしまして」
「…それじゃ」
「うん」
そうして、今度こそ二人は別れた。満が小走りでマンションの方へ駆けていくのを、正也は黙って見つめていた。
満に声をかけた理由を、正也自身もよく掴みきれていなかった。ただ困っていたから助けようと思っただけかもしれないし、ほんの気まぐれだったかもしれない。
…いや、正直に言ってしまえば、満の顔立ちの物珍しさに心を惹かれたのかもしれない。
満は、このど田舎の冴えない高校に似つかわしくない顔立ちをしていた。どことなく人の視線を惹き付ける華やかさがあって、一度視界に入れると目を離させない何かがあった。
満はひそかに女子人気が高いということを、正也は一週間後くらいに知った。
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