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正也が掃除当番を終えて玄関に向かうと、下駄箱に寄りかかる学ランの生徒がいた。 「……傘、入る?」 正也の問いかけに、満は黙って頷いた。 二人はいつものように同じ傘に入り、降りしきる雨の中を並んで歩く。 互いに言葉のないまま、暫しの間歩み続けた。 いつもの道。住宅街の真ん中を通り、郵便局の前で左に曲がった後、歩道に沿って植えられた並木の横を歩いていく。 正也が満にかける言葉を見つけられぬままでいると、満は不意に口を開いた。 「俺ね、告白されたんだ」 満がまるで独白でもするように言葉を紡いでいくのを、正也は黙って聞いていた。 「ごめんって断ったら、その人に…『一回だけでいいからキスして、それで満くんのこと忘れるから』って、言われて。言われたから…。……」 「…優しいんだな」 正也が言うと、満は自嘲気味に笑った。 「優しい?これが?…本当に、そう思う?」 「…わからない」 「なんで。優しくなんかないだろ、こんなの」 満が吐き捨てるように言ったので、正也は彼に調子を合わせてみせた。 「じゃあ、優しくなんてない。最低だ」 「うん…」 「どうして、そんなことをしたんだ?」 「…確かめようと思って」 「何を」 満はやや沈黙してから、振り絞るように言った。 「俺の、気持ち」 「気持ち?」 「俺は、正也のことを、本当に───」 続いた満の言葉は、雨音にかき消されそうなほど小さかったが、確かに正也の耳に届いた。 「自分でも自分の気持ちに混乱してた。誰かとそういうことをすれば、本当の自分の気持ちに確信が持てるかも、って…」 「なあ、満」 「うん」 「どうしていつも、傘を忘れてくるんだ」 「…そんなの、とっくに分かってるだろうと思った。ていうか、今のでわかったろ」 「満の口から聞いたことはない」 「そうだな…」 満は少し黙った後、囁くような声で正也の問いに答えた。 「正也と、一緒に帰りたいから」 「…それなら!」 正也は、少々かっとなって言った。 「最初からそう言えばいいだろ。わざわざ雨の日にだけ俺を待ってないで、毎日…」 「ごめん」 「そう言ってくれさえすれば、俺だって雨の日を待ったりすることはないんだ」 「…え」 正也は、傘を持つ自分の手が震えるのを抑えながら言った。 「それなら、晴れの日にはお前に会えないだとか、考えなくて済むだろ」 「………うん」 二人は、そこからまた黙り込んで歩き続けた。 やがて信号を渡りきり、別れ道にやってくると、二人はどちらからともなく自然に足を止めた。 「なあ、正也」 「うん」 「明日も、一緒に帰ろう…。雨でも、そうじゃなくても、だ。あの場所で待ってるから」 「…おう」 新しい約束を交わし、正也と満はそれぞれの帰路についた。

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