5 / 6
5
正也が掃除当番を終えて玄関に向かうと、下駄箱に寄りかかる学ランの生徒がいた。
「……傘、入る?」
正也の問いかけに、満は黙って頷いた。
二人はいつものように同じ傘に入り、降りしきる雨の中を並んで歩く。
互いに言葉のないまま、暫しの間歩み続けた。
いつもの道。住宅街の真ん中を通り、郵便局の前で左に曲がった後、歩道に沿って植えられた並木の横を歩いていく。
正也が満にかける言葉を見つけられぬままでいると、満は不意に口を開いた。
「俺ね、告白されたんだ」
満がまるで独白でもするように言葉を紡いでいくのを、正也は黙って聞いていた。
「ごめんって断ったら、その人に…『一回だけでいいからキスして、それで満くんのこと忘れるから』って、言われて。言われたから…。……」
「…優しいんだな」
正也が言うと、満は自嘲気味に笑った。
「優しい?これが?…本当に、そう思う?」
「…わからない」
「なんで。優しくなんかないだろ、こんなの」
満が吐き捨てるように言ったので、正也は彼に調子を合わせてみせた。
「じゃあ、優しくなんてない。最低だ」
「うん…」
「どうして、そんなことをしたんだ?」
「…確かめようと思って」
「何を」
満はやや沈黙してから、振り絞るように言った。
「俺の、気持ち」
「気持ち?」
「俺は、正也のことを、本当に───」
続いた満の言葉は、雨音にかき消されそうなほど小さかったが、確かに正也の耳に届いた。
「自分でも自分の気持ちに混乱してた。誰かとそういうことをすれば、本当の自分の気持ちに確信が持てるかも、って…」
「なあ、満」
「うん」
「どうしていつも、傘を忘れてくるんだ」
「…そんなの、とっくに分かってるだろうと思った。ていうか、今のでわかったろ」
「満の口から聞いたことはない」
「そうだな…」
満は少し黙った後、囁くような声で正也の問いに答えた。
「正也と、一緒に帰りたいから」
「…それなら!」
正也は、少々かっとなって言った。
「最初からそう言えばいいだろ。わざわざ雨の日にだけ俺を待ってないで、毎日…」
「ごめん」
「そう言ってくれさえすれば、俺だって雨の日を待ったりすることはないんだ」
「…え」
正也は、傘を持つ自分の手が震えるのを抑えながら言った。
「それなら、晴れの日にはお前に会えないだとか、考えなくて済むだろ」
「………うん」
二人は、そこからまた黙り込んで歩き続けた。
やがて信号を渡りきり、別れ道にやってくると、二人はどちらからともなく自然に足を止めた。
「なあ、正也」
「うん」
「明日も、一緒に帰ろう…。雨でも、そうじゃなくても、だ。あの場所で待ってるから」
「…おう」
新しい約束を交わし、正也と満はそれぞれの帰路についた。
ともだちにシェアしよう!