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第16話

 講義が終わり、これはヤバいとは思ったけれど、女の子がこちらに来るのからにげなかった。  フワが気になった。  フワがしていることが気になった。  フワ。  マルチでもしてるのか。  ・・・フワは単なる知り合いじゃない。   世界の全てに介入できるわけじゃない。   マルチや宗教にハマっている人を遠ざけたことはある。  でも、自分の友達くらいは助けないと。  フワが間違ったことをしているなら、止めないと。  女の子と話をしなきゃ。  俺はフワには責任がある。  あるんだよ。  「内藤、先に行っててくれ」  俺は内藤に言う。  内藤を巻き込むべきじゃないからだ。   フワは内藤にはたんなる友達の友達でしかない。  でも、内藤は小さく笑った。   「厄介事はいつもだろ」  内藤は言った。  内藤は、内気だし、人と関わるのが嫌いだし、自分のことでは何かされても、何もなかったことにしようとするけれど・・・。  俺が何かしでかした時は絶対に逃げない。  内藤の友情だけは信頼出来るのだ。    「  さんのお友達ですよね?この前のセッションに来てた・・・」  女の子はフワの名前を言った。  「俺もあんたに聞きたいことがある」  俺は女の子に言った。  女の子は、途方にくれた顔をしていた。  困ったような。  行き場のないような。  俺は、不安になった。  「セッションってこの間のバーティのことか?」  まず俺が聞いたのはそこだった。  俺達はファミレスに移動していた。  「そう、話をきいたり、話をしながら高めあうこと。一人では人は歩めないから」   女の子の言葉に内藤と目を合わせあう。  ヤバい。  何か仲間内の独自の言葉を使い始めたらヤバい。  「マルチだとか思ってません?」  女の子はため息をついた。  賢そうで、真面目で、野心的な。  ちゃんと勉強して努力して、上をめざすタイプの子だった。  内藤を狙う猛禽系ではないけれど。   学級委員長とかしてそうな。  「思ってる」  俺は正直に言った。  マルチでそれを納得してやってるヤツは一番ヤバい。  大抵は自分のしていることは努力であり、その結果他人にも良いことだと思っているのだ。  「違いますよ。私達はサロンのメンバーなんです。サロンは多くの社会的な地位のある著名な方がやっている、社会的にも認められた活動です」  女の子が説明してくれた。  サロン?     なんだそれ?  誰それがやっているサロンがあると、彼女は説明してくれた。  俺の知ってる芸能人や実業家、アーティストや、有名ライターとかのサロンについても。  ネット上でサロンというのは運営されているらしい。    月額幾らかを払い、その会員になり、そこで会員同士でやりとりしたり、会員限定の情報や会員限定のイベントに参加者できたりするらしい。  「止めたければ、いつだって止められるんです」  彼女は言った。  この前のセッションとやらを主催するサロンの会費を聞いてみたが、まあ、数千円。  学生には安くはないけど、まあ、払えない金額ではない。    「  さん」   彼女は親しみと尊敬をこめてそのサロンの主催者の名前を語った。    俺は知らない。  知らないんだけど、一部の若者の間では人気になった本の著者らしい。  内藤は知ってて「自己啓発系」と俺にささやいた。  ああ、なるほど。  読んで他人とは違う自分に気持ち良くなれるやつね。  色んな有名人とコラボした企画を成功させて、色んな業界の人達とも親しくしている、凄い人、らしい。  ネットで活躍されてもな。  俺が育った界隈では、ネットってそんなに意味ないんだよね。  ないわけではないんだけど、そこまでのめり込んでいないというか。    だからどうにも。  でも彼女はそんな俺に構わずに、ネットを利用した新しい人の繋がりについてその人が語っていることを語りだした。  俺には。  さらになんとも。    建築関係の職人さんとか、そういうブルーカラーの人達が利用する食堂の息子だからね、若い子でも、みんな早く働いてるしね。  俺の幼なじみ達も職人として15から働いてたりするし。  あ、でも、これは言っておきたい。  下手なサラリーマンよりはるかに稼いでいる人たちが沢山いるよ。  でも、現実にある物質を相手にしている人達だから、ネットへののめり込みに何らかの距離はある。  ネットに過大な期待なんかないんだ。    道具でしかない。  俺も、そう。  作られる料理、食べる人たち。   そんな食堂で、直接的やりとりされる金をみて、育った。  なんか、彼女達みたいな仕事にたいする、奇妙な憧れは俺にはない。  仕事は仕事だ。  現実だ。  「人と人を繋いで、助けあっていくことで・・・お互いに高めあっていくんですよ。助けることで、信用を得て、その信用で新しい何かを生み出す時の助けを得るんです」    それが、彼女の存在するサロンの意義なのだと。  「信用」ってのが通貨みたいに語られるのに驚いたよ。  俺は。  俺が育ったところでは。  誰かにかえしてもらうためにつくる「信用」なんてなかったぞ。  そんなぬるいものじゃなかったぞ。    「信用」ってのは。  返したり与えたりできるようなもんじゃない。  もっと重いもんだ。    まあ、アル中が語る「信用」よりは信じられるけど。  通貨みたいに貯蓄して、引き出せるし。  随分軽い「信用」で成り立ってるんだな  フワは、そのサロンの支部長みたいなもんらしい。  そう、上級の。  その有名ななんとかさんと直接やりとりできるような。  フワ自身もサロンをやってて、学生の起業の仕方とかを教えているらしい・・・。  彼女は、フワのサロンの会員でもあったらしい。  2つのサロンを合わせると1万円位になる。  わぁ。  バカバカしい。  俺は正直に思った。  俺は商売している家の息子だよ。  ネットじゃなくて、現実の世界で、長年愛される街の食堂の息子だよ。    彼女が語る全てが薄っぺらく思えた。  母親がつくる美味しい卵焼きの味。  味噌汁の味。  父親がつくるショウガ焼きやトンカツ。  安くて、旨くあるための工夫と技術。  お客さんを受け入れる、店の雰囲気。  それらの一つ一つの結果が。  金なんだ。  それが、商売。  彼女の語る、他の人達に何かして、それから返ってくるもので出来上がる「信用」から成り立つ商売なんかじゃない。  薄い。  薄い商売だな。  でも、まあ、ギリギリ合法なのはわかった。  むしろ、沢山サロンに入ればそれだけ楽に学べるという商売を舐めている彼女のがいけないような気がしてきたくらいだ。  だけど。  それだけじゃなかったんだ。      

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