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第18話

 「もう無理だから辞めておけって言ってるのにね、辞めないんだ」  フワはため息をついた。  次の日俺はフワと会っていた。  あの再会した噴水前のベンチで。  「絵本だって10冊が1セットなんだ。まずは1セットから初めて、ダメなら諦めることだってできるのに。最初から20セットにしたのは彼女だ、ボクは止めた。なのにお金がないからら払えないとか言ってきたりして・・・こっちが泣きたいよ。無理な人間は自分が無理なんだと理解してそこで止めるべきなんだ。」  フワの言ってることに矛盾はなかった。  彼女が売れないのに、さらに本を仕入れようとしているのも間違いなかったし、それをフワが止めているのも確かだった。  でも。  「言いたいことはわかる。でも、ちゃんとリスクも説明してその上でしたい人だけするように、と言ってるんだ。たた、沢山購入したり、沢山売ることができる人間は【信用】があるとされるから、サロン内で評価されたい一心で無理をしてしまう人がいるのは認める。でも、ボクはそれを止めてるんだ」  フワは俺には嘘をつかない。  本当だろう。  でも。  でも。  「ボクが今は成功してるとこだけ、見せたかったんだ。きみには。こういうところは見せたくなかったのは本音。でもね、サロンの子達はみんな幸せなんだよ。彼女みたいに、破滅してでもサロンにいたい子がいる位。無理さえしなければ、楽しいままでいられる。夢を見られることこそが、一番の価値だと思ってる。彼女は止めるから安心して。信じて、ボクは・・・酷いことなんかしてない」  フワは俺を見つめた。   痩せた子供だったころと同じ、熱を帯びた目で。  痩せて、小さな誰にも構われない子供。  でも、伸びっぱなしの髪にかくれたその顔も目も、驚く程に美しかったのだ。  今はその華やかさを隠さないその顔で、でも、あの頃のひたむきさでフワに見つめられたなら、何も、何も言えなくなった。  あの時でさえ、誰にも助けをもとめなかったフワが、俺に信じて欲しいと言ってるのだ。  色々葛藤はある。  そのサロンのあり方はどうなのか、とか色々ある。  「サロンからはいずれ手を引く。でも今はまだ無理なんだ。信じて、ボクを信じて。理由はあるんだ。理由が」  フワの声が震えていて、フワが怖がっているのがわかった。  俺に嫌われたり、見離されたりすることが。    「・・・・・・信じるよ」  俺は言った。  「信用」だった。  サロンの中で使われている信用とは違う、本物の。  「でも、理由は聞かせてくれ。何かがあるなら力になる」  子供だった頃も今だって俺は無力だけど。  フワは突然俺を抱きしめた  強く。  フワは大きくなってた。  俺なんかより。  しっかりとした筋肉を感じた。  「デカくなったなぁ・・・なんかスポーツでもしてたのか?」  俺は抱きしめられながら呑気に言った。    フワは笑った。  抱きしめながら笑った。  「サッカーしてた。スポーツ特待生でね、それで高校に行ったんだ」   そっか。  もうしてないのか?と聞いた。  「好きでしてたわけじゃない・・・ただ、必要だったんだ。ボクが生き残るために」  フワは言った。  やはりフワは。  あの後も、誰にも助けてもらえない子供だったのだ。  だから自力で。  あの時だってフワは自分の力で生き抜こうとしていたのだし。    「フワ・・・大変だったんだな」   俺はなんか泣けた。  フワの胸の中で泣いてしまった。    「・・・もう、昔の話だよ。もう、昔の」  フワはそう言いながら、俺をさらに強く抱きしめてきた。  その強さにフワの今までを思った。  信じよう。  信じる。  だって、フワは。  たった一人で戦う、勇気ある男だったんだあの時から。  でも、理由を。  理由をきかせてもらわないと。  おかしななサロンなんかしてる理由を。  「あの、ねぇ」  内藤の困ったような声が聞こえた。  そういや、内藤もついて来てたんだったけ。  そして、ハッと気付く。  派手な人目につくハンサムなフワと、大学のキャンパス内の噴水前で抱き合っていることに。  沢山の人が集まっていた。  俺達を見るために  そして、男の唸り声が聞こえた気がした。  嫉妬に狂った唸り声が。  いや、ここにはいない。  いないはず。  「とにかく、とにかく!!!」  俺は慌ててフワから離れた。  「フワ、お前を信じる。でも・・・説明はしてくれ、絶対に。今すぐじゃなくても」  俺は恥ずかしさに真っ赤になりながら言った。  フワは真面目な顔で頷いた。  「絶対にする」  そう言った。  「でも、俺はお前を助ける。だから何でも俺に言ってくれ。一人だけで悩まないでくれ、これも絶対だ」  こんどこそ。  こんどこそ。  俺はフワの力になりたい。  「うん」  フワは泣きそうな顔で笑った。  それは。  フワの。  小さなフワの笑顔だったんだ。

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