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第60話

 バルコニーの窓ガラスが吹き飛んだ。  バルコニーにあるジャグジーに裸の少女の胸にキスしながら浸かっていた男も少女も、  ダイニングのソファでシャンパンやワインを楽しんでいた男も、女達も。  ソファで、パンツをずらされ、尻をかじられていた少女も齧っていた男も。    全員凍りついた。  悪魔が突然あらわれて、手にしたバットで窓ガラスを叩き割りはじめたらだ。  本当に突然現れた、  湧いてきたみたいに。  実は仕掛けて置いたワイヤーを伝ってバルコニーまで駆け上がってきたのだが、そんなの誰にもわからない。  突然床から湧き上がったようだった。  バルコニーにワイヤーのついた機械を仕掛けるためにつかったのは、ドクターご自慢のドローンだ。  この男は24階までを一瞬で駆け上がったのだ。    人間じゃないのは知っていた。  俺は驚かない。  男は顔さえ隠そうとしなかった。  黒いシャツとズボンぐらいは着ていたけれど、燃えるようなタトゥーもそのままに、何故か武器として選んで持ってきた担いでいたバッドを手にして、窓ガラスをたたき割り、部屋に侵入していく。  窓を割らなくても、ベランダは開け放ってあったのに。  悪魔は笑った。  深く響く声で笑った、  生きながら焼かれて笑う悪魔がそこにいた。  ソファで女の子の裸の尻をかじっていた男を摘まみあげた。  床に叩きつける。    ソファで女の肩を抱いてた男をソファごと放り投げた。  女も男も吹き飛んだ。    悪魔は鼻歌を歌いながら、閉じられたドアに向かってバッドで殴りつける、  でも、金属バッドがグニャリと曲がってしまったので、脚で重い木製のドアを蹴った。  ドアは吹き飛んだ。  フワが男にのしかかられていた。  悪魔はフワに乗っかっている男の裸の尻を蹴った。  フワにのしかかっていた男は壁に叩きつけられた。    フワは思わず笑った。  これは。  男の子と犬が降ってきて、助けてくれたことの次に痛快だった。    地獄から来た火に包まれた悪魔が、嫌な男達を叩きのめしてくれている。    悪魔は隣りの部屋に行くのに、ドアを使わなかった。     壁を蹴破り、隣りの部屋にはいり、裸の女の子を抱きしめている男の肩を掴んで壁になげつけた。  同じベッドで女の子に自分のモノを咥えさせていた男は床に叩きつけられた。  女の子達は恐怖に叫んだが、悪魔は女の子達を素通りしていく。  興味なく、見えないかのように。  実際コイツには。  どうでもいいのだ。  悪魔が、そこにいた男達全員を叩きのめすのはあっと言う間で。  再び、ワイヤーを伝って駆け下りていくのもあっと言う間だった。  助けを誰かが求める前に、ドアをたたいたのは俺だ。    「大丈夫ですか、大丈夫ですか!!」  開けるのはフワだ。驚いて怯えたフリをしたまま。   ドアの外にいるのは従業員の服を着た内藤と俺だ。  「通報がありました、警察が来ます!!」    その言葉に、怪我をした男達も、怯えきった女達も動揺する。  ここに、女の子達がいることは。  ここで女の子達に何かしていたことは、内緒にしたい。  後でもみ消すとしても、出来る限り知られたくない。  「お嬢様達だけ、先に避難を」  言葉を選んで俺が言う。  隠蔽を匂わせる。  ホテルとしても。  ここで子供を使っていた蘭越町パーティーがあったことは知られたくないと匂わせて。  女や男達に促され、怯えて泣いてる女の子達は俺と内藤に従う。  そして、スウィートルームから直通の、駐車場まで誰にも会わないでいいエレベーターで、部屋から脱出する。  警察?  警察なんか来ない。  ホテルはスウィートルームで起こっていることにまだ何も気付いていない。  大体誰もまだ通報していないのだ。    その事実に男達が気がつくのはもっと後だ。  だが、その時にはもう、女の子達は消えている。  俺と内藤は女の子達をシェルターに送りこんでいた。  これから女の子達は、初めて彼女達のことを考えてくれるマトモな大人と出会うことなる。  彼女達を「そういう子供」にしない大人に。    「どこへ行くの」  ワゴンに乗せられた女の子のひとりが聞いた。  「ちゃんと話を聞いてくれる人のところ」  俺は言った。  運転してるのは内藤だ。  「もう、アイツらと関わらなくてもいいんだよ。もうしなくてもいい」  俺はそれだけを言った。  俺の言葉に、女の子達は何も言わなかった。  良いとも悪いとも。  でも一人が笑った。  「アイツ壁にべしゃって、叩きつけられてた」  思い出して笑ってた。  他の子達も笑い出した。    「床で潰れてた」   ゲラゲラ笑った。  みんな次々に笑い出した。    あそこで強いられてきたことが、あそこにいた男達が、嫌いだったことが良くわかった。  女の子達は自分達をむさぼってきた男達が叩きのめされる姿を思い出して大笑いしていた。    「変な声出して泣いて・・・・」  そう言って笑ってた女の子が泣き出した。  「私が嫌だって言ってもしたくせに。自分の時は泣くなんて」  女の子は悔し泣きをはじめた。  今度は女の子達はすすり泣きを始めた。    最初の一回を耐えれば楽になる。  フワの言葉を思い出した。  楽だったわけじゃない。  ずっと嫌だったんだ。  子供を貪る大人なんか。  そんな大人を好きな子供などいるはずがない。  それは当たり前のことだった  女の子達は。  あの男達が嫌いだったのだ。  本当に。  女の子達については。  支援団体の人にまかせようと思った。  彼女達を「良くない子供」にはしない人達で、親もとに帰りたくない子供達についても考えてくれる人達だ。  国と喧嘩してでも、子供のためになることを考えてくれる。  ドクターのお墨付きだ。  そう、悪者が認めるところが一番信用できる。  女の子達は俺達に何も聞かなかった。  俺達も何も言わなかった。  迎えに出てきてくれてた、支援団体の女の人達に後を任せた。  その後、女の子達は警察から話を聞かれても俺達については何も話さなかったらしい。  そして、彼女達をつれていった支援団体の人たちも俺達については黙ってくれた。  そして、俺達を庇うつもりはないだろうが、顧客のプライバシーの保護のため、俺達の姿はホテルのカメラには映ることもなかったのだった。    俺達が仕掛けたカメラだけが。  そこで起こった本当のことを写していた。         

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