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第2話
一年前、
ある日の夜に仕事から帰ると、母親が茫然とした面持ちで出迎えた。
「お帰りなさい」
「ただいま……どうしたんだよ」
圭太には母親の様子がいつもと違うことくらいわかる。
何か嫌な予感がして、背中を冷たいものが伝うような気がした。
よく見ると、母親の手には何かが握られている。
もしかして……
「これは、何?」
母親が差し出したのは、地元の小さな繁華街にあるゲイバーの名刺だった。
中学の頃から自分の性癖を分かっていたから、20歳になってから興味本位で行ってみた。
その際に、帰りがけにマスターに名刺を渡されたのだ。
「……たまたま、連れられて行っただけだよ」
苦し紛れの言い訳だった。
母親は見抜いていたのかもしれない。
「もういいよ、無理しないで……」
「え?」
「ずっと彼女がいる様子もなかったし、もしかしたらって思ってたの」
やはり気付かれていた。母親の勘は鋭いなと内心感心してしまう。
「そうだよ。僕、女の人を好きになれない。ずっと前から、ね。初めて好きになった相手も男人だった。これから先も変わらないよ」
開き直った風に告白すると、母親はさめざめと泣き始めた。
「ごめんね……母さん……許して」
それだけ言うと、母親は床にへたり込んで泣き続けた。
「泣かないで、母さん。悪いのは僕なんだ。普通じゃない、僕が」
何も自分だって悪いわけではないことくらい、分かっている。しかし、ゲイであることはフツウじゃないのだろうかと思わされる。そして、母親を泣かせてしまった自分が申し訳ないのだ。
圭太は自分の生きる場所を求めて、実家を出て新宿にやってきた。普通とは違う自分は、生きる場所が他にあるのではないかと思ったからだ。
別に、ゲイだからといって堂々と通常の社会で生きている人だっているのだけれど。
新宿に引っ越した圭太は、2丁目にあるバーで働き始めた。ママがとても優しい人で、働くのを即決したのだ。
「ケイタくん可愛いね。良い子見つけたね、ママ」
客にそんな風に言われることもある。
その度に、バーのママも誇らしげに、恐縮で頭を下げる圭太の頭を撫でてくれた。
「でしょ?私も即決しちゃったわよ」
ママはケラケラと楽しげに笑う。
洗ったグラスを拭く圭太は、照れくささに顔が熱くなった。
それでも、この店の客は話が面白いし楽しい。
ある日の閉店後に、店にタウン誌が置かれているのに気付き、圭太はパラパラと捲ってみた。
すると、夜の店の紹介をするページに目を留めた。
自分が夜職をしているからというわけではない。
圭太が注目したのは、新宿2丁目にたった1つある男性用のホストクラブ。
その広告に載っていたホストに、目を奪われてしまったのだ。
このホストの脇には、“瑠季”と書いてある。
瑠季に無性に会いたくなり、バーの店休日に瑠季のいるClub dandyguyを訪れて、今に至る。
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