3 / 63
第3話
バーの休みはちょうど瑠季の店の営業日なので、次の週も店を訪れた。
しかし今回は、同伴をしようと瑠季が誘ってくれたので2人でイタリアンを訪れたのだ。
「俺、ここに来るの初めてなんだよね」
「あ、そうなんですか?」
少し以外だなと思った。
この界隈にいつもいるのなら、誰かと来たことくらいあるのではないかと思っていたから。それは同僚とかもしれないしお客とかもしれない。そう考えて、少しだけ琉季の周囲の人間に軽く嫉妬してしまっている自分に気付く。
「美味いし良い店だから、従業員と来ようかな」
そう言って、瑠季はオーダーしたピザを頬張ってから呟いた。
もしお客と来たいと言われたらさらに小さな嫉妬心が芽生えただろう。
けれど従業員と来たいと言ってくれたからホッとしていた。
「そうですね。俺もまた来たいと思ってました」
圭太が微笑むと、琉季がピザを食べる手を止めて、こちらに視線を向けてきた。
「どうしたんですか?」
「圭太さぁ、堅苦しいから敬語やめない?」
「でも……」
出会ってまだ会うのはこれで2回目。
もうフレンドリーに話して良いものかと、少しだけ悩んでいた。
「敬語で話されるとさ、何か壁を感じるんだよね。最初のうちなら礼儀は必要かもしれないけど、もういいだろ?」
確かに、いつまでもこちらが堅い敬語で話していたら、仲良くはなれないかもしれない。今のうちから打ち解けていけば、琉季のことも色々と知ることができるだろう。
「うん、わかった。普通に話すよ」
圭太が意思を示すと、琉季も「良かった」と笑ってくれた。
………………………………
食事代は瑠季が払ってくれた。外での食事代はホスト側が払うのが鉄則なのだそうで、圭太が払おうとしても止められてしまったのだ。
「ありがとう。ごちそうさま」
圭太が申し訳なさも入り交じった気持ちで礼を言うと、瑠季はニコリと笑った。
「いいんだって。圭太が来てくれたお礼だから。これくらい何でもないよ」
サラっと名前を呼び捨てにされてドキリとした。そしてさすがホスト。口が上手い。
そんなことを考えながら店を出ると、外は雨だった。そこまで酷い降りではないものの、本格的に降り始めている。
天気予報で夜は雨になると言っていたので、圭太は傘を持って来ていたが、瑠季は持っていないようだ。
「何だ、雨かよ」
瑠季はそうボヤきつつ少しの間思案して圭太に申し出た。
「傘貸してくれる?俺差すから」
「え、でも」
戸惑う圭太に、瑠季は「一緒に差そう」と笑顔を見せた。
拒否するわけにもいかず、持っていた傘を瑠季に差し出すと、彼はバッと傘を開き圭太が濡れないように配慮しながら傘を差してくれる。
瑠季自身は幾らか濡れてしまっているのに。
「さ、行こうか」
「う、うん」
琉季の一声で、2人は傘に入り歩き始めた。
これが、相合傘というのだろうか。
これまで一度もしたことなどなかったし、緊張だけが圭太の体を走り抜ける。
一緒に傘に入るとなるとある程度密着することになるし、腕が触れるとドキドキがひどくなり息が止まりそうになってしまう。
ちらりと、他の人ともさほど意味なくこうして一緒に傘に入ったりもするのだろうなとも考えた。
けれど、圭太にとって緊張はしてもささやかながら幸せな時間だった。
ともだちにシェアしよう!