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第4話
店に到着すると、さほど遅い時間ではなかったこともあってか、客の入りはまだまばらで、琉季はしばらく席に着いてくれていた。
テーブルマナーもしっかりしているようだし、グラスが水滴で濡れてくるとさりげなく拭いてくれる。
「今日さぁ、雨の日ってことでシャンパン1本1万円なんだよね。入れてくれると助かるんだけどな。このシャンパン普段は5万するんだよ」
妖艶な表情で頼まれると、圭太も断れない。
『一万くらいなら、大丈夫かな』と考え、承諾してしまった。
「分かったよ」
「え、本当?ありがとう!なんかさ、頼んでも『無理』とかっていう人もいるからさ」
心底嬉しそうな顔をするので、圭太も少しは売上の足しになるだろうし、良かったと思う。
「そうなんだ」
「うん。色々大変なんだよ、こういうのも」
「えー、百戦錬磨かと思ってた」
「そんなにすごくないって」
琉季は謙遜しながら笑った。
それからしばらくすると突然大きな音量で音楽が鳴り、シャンパンコールが始まった。店のスタッフたちも集まってきて、圭太と琉季のためにコールをしてくれる。人生で、こういう場面に立ち会う機会があるとは思っていなかった。
それに、男相手のホストにもちゃんとコールがあることも発見できた。
ただ、なぜか物凄く気恥ずかしくて顔が赤くなり笑ってしまう。
今まで触れたことのない世界で、未知の体験ができたことに対しては琉季に感謝しているけれど。
「今日はありがとう。精一杯幸せにしていくから、これからもよろしくね」
店内に響き渡るマイクで、琉季は圭太に向けて言ってくれた。なんでも、ホストクラブではシャンパンコールの際にシャンパンを入れてもらったホストが入れてくれたお客に対してマイクを使って思いの丈を述べるのだそう。
琉季も、ありきたりな言葉だけど自分のために言ってくれことに、不意に感動してしまった。
「圭太くんも何か喋ってよ」
そう言われてマイクを渡されたものの、何を言っていいか分からず圭太も仕方なく当たり障りのないことを赤い顔で言った。店内は暗いので顔の赤さは分からないだろうけれど。
「いつもありがとうございます。これからもよろしくお願いします」
あとで知ったことだけれど、マイクは多少ぶっ飛んだことを言うお客もいるのだとか。
シャンパンは圭太用に注がれた分以外は、ホストたちが代わる代わる飲み、最後に琉季が飲み干してくれた。
美味しいシャンパンに少し酔ってきたころ、琉季は他の客の席に呼ばれて行ってしまった。
何とも言いようのない寂しさを感じ、自分が少し嫉妬をしていることに気付く。
ナンバー2というある程度の人気があるなら、自分だけが独占していられるわけはないと、頭では分かっている。人気がありお客が来ることは琉季にとって良いことだ。
自分のところだけに居てくれるわけがない。
でもやっぱり、心の中では寂しさを感じる。
「こんばんは!」
圭太が少ししょぼくれていると、声をかけられた。
声の方に顔を向けると、優しげな印象のある一人のホストが立っていた。
「ソラです。ご一緒させていただいて宜しいですか?」
1人で放置されるよりはマシだろう。
「あ、はい。お願いします」
「失礼します!」
ソラと名乗ったホストは、恭しく礼をすると圭太の向かいの席に座った。
客が指名したホストは客の隣に座るのだが、それ以外のヘルプで着いたホストは適宜客の向かいの席に座るようだ。
「僕もドリンクいただいても宜しいですか?」
「はい!何でもどうぞ。あ、でも高いのは無理ですけど」
初対面の相手で緊張したのもあって、高い酒は入れられないという意味でつい言ってしまったが、ソラは笑って「大丈夫ですよ。じゃ、ビールいただいても?」と返してくれた。
用意したグラスに氷を入れて缶ビールを注ぐ。手際良く作られた酒は、缶のまま飲むより一層美味しそうに見える。
「あ、お名前聞いても?」
「圭太です」
「じゃ、ケイタくんとの出会いに乾杯!」
そう言ってグラスをカチンと合わせてきた。
ホストは自分のグラスをお客のそれよりも高い位置で合わせてはいけないのだそうだ。
「ケイタくん優しそうだし、彼氏にするんならケイタくんみたいな人がいいなぁ」
のんびりとそんなことを言われ、圭太は顔を赤くする。
でも、悪い気はしなかった。
「いや、僕なんてそんな」
「瑠季さん指名でしょ?瑠季さんが羨ましいですよ。ケイタくんが指名してくれるんだから」
ソラは瑠季と違ったタイプだけれど、話が上手くて客をいい気分にさせる能力に長けているらしい。
さすがホストといったところだ。
その夜は、琉季がいない時間もソラのおかげで楽しく過ごすことができた。”口がうまい”と思うけれど、いつもこのようにしてお客を楽しませているのだろうか。
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