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第32話

 花火に行った幸せな感覚がまだ残っているある日、圭太は短時間の指名が入りウリ専の店にいた。  暑さの厳しいその日に『どんな人だろう』と考えながら、客の待つ部屋を訪れた。 「ご指名ありがとうございます。ケイです」  そう言いながら部屋に入ると、そこにいたのは菅野だった。 驚きに、圭太は目を丸くする。 「菅野さん……なんで……」  それを言うのに精いっぱいで、二の句が継げない。  レストランで会って以来で、気まずいのだ。 「忙しくて来られなかったのもあるけれど、自重してたんだ。……でも、やっぱり君が諦められなくてね」  菅野は緩く微笑んだ。 「今日は、ありがとう。来てくれて」  こうして、わざわざ店に足を運んでくれたことは有難いと思う。けれど、どう接客すれば良いか戸惑ってしまう。本当に気まずくて仕方ない。 「この前は、さっさと帰ってしまって申し訳なかったと思ってる。大人げなかったよ、俺も」 「いえ、いいんです。気にしないでください」  大げさなほどに、両手をぶんぶんと左右に振っていると、ガバっと菅野に抱き締められた。 「す、菅野さん……」 「会いたかった……俺はやっぱり君じゃなきゃダメだよ」  今にも泣きそうな声で、菅野は圭太の肩に顔を埋める。 お客にこういうことをされるくらい、どうということはないはずだ。けれど、今のは違う。サラっと割り切って遊びにきてくれる客と異なり、菅野はもっと他のことを圭太に望んでいるのだ。 求めに応じることはできない。店の決まりだし、圭太の気持ちとしても応えられない。 もうこれは、店側に報告するしかないだろうかと考えた。  でも情からか、まだ突き放すのは申し訳ない気もしてしまう。 圭太はスッと菅野から身を離した。 「ごめんなさい、菅野さん。やっぱり僕は気持ちを受け入れることはできない」 「俺って、魅力ない?」 「そ、そんなことないよ。素敵だと思ってる」 「本当かな。なら、まずはお試しで付き合ってみてよ」  菅野がズイっと迫ってくる。正直怖い。強制的に帰ってもらったほうが良いのだろうかと圭太は思い始めた。 「それはできないって言ったじゃない。それに、僕は例えばあなたがお客様でなくなったとしても付き合えないよ」  ここまで言ったら、諦めるだろうと思った。なのに、菅野はなかなかに手強い。 「俺なら、満足させられるよ?もう一度俺を良く見てよ」  そうじゃない。そういう問題ではないのだ。圭太の心には琉季がいる。だから菅野の気持ちには応えられない。 「そういう問題じゃないんだよ。だから……」 「そういう問題って、じゃあ何だっていうんだ?」 「それは……」  圭太が歯切れの悪い反応を見せていると、いつの間にかタイムオーバーとなっていた。携帯電話のアラームが鳴り、菅野のコースの終わりを告げる。 「何だ、もう時間か。短すぎたかな」  菅野の言葉に、『長いくらいだよ』と内心呟いた。短いどころか、終わってホッとしているくらいだ。 「まぁ、今日はいいや。また来るから」  そう言い置いて、菅野は部屋を後にした。  そういえば、その道の権威のもとに何度も通って、熱意が通じて弟子にしてもらったという人の話を聞いたことがある。こんな風に、想いを伝え続けることで実ると菅野も思っているのだろうか。 それならば、正直諦めて欲しい。それからますます、圭太は菅野のことで悩み続けることになった。

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