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第44話

 地元に戻ってきてから1カ月ほどが経った頃の夜に、電話が鳴ったので見るとかけてきたのは琉季だった。 この1カ月、一度たりとも琉季に連絡をしていない。 敢えてというのもあるし、忙しかったというのも理由だ。  一応担当になっている琉季にしてみたら、連絡がなければどうしているのか気になるのは当然かもしれない。  まぁ、連絡がなければそれでフェードアウトしていくお客もホストクラブにはいるかもしれないけれど。  取り敢えず、もう会いに行けないということだけは告げておこうと思い、圭太は電話に出た。 『よう』  琉季がそれだけ言うと、何だか懐かしさが感じられる。離れてそこまで経っているわけではないのに、もう随分離れていたようだ。 「久しぶり」  圭太は、感情を抑えてできるだけ余計なことを考えないようにしてそれだけ答えた。 『今どうしてる?どこにいるんだ?』  琉季の淡々とした声。何かを堪えているようにも聞こえる。 「今、都内の地元にいるんだ。母親が倒れて、看病もあるから……」 『そうだったのか……』 「うん。それで、僕は今介護の仕事もしてる。パートだけどね」 『そっちで仕事、してんのか……バーとかはどうしたんだよ』 「辞めたよ」  平静を装いつつ事実を述べる。『あなたとは離れるしかないのだから』という思いで。 『辞めた?家はどうしたんだよ!まさか……』 「あぁ。そっちの家はこの前引き払っちゃった。もう住むことないと思ったからね」 『ちょっと待て。俺はどうなるんだ。なぜ俺に一言も言わずに消えた?』  琉季の声は、静かだが怒りも滲んでいるようだ。 「それは……ごめん。バタバタしてたし。それにさ、もうあなたの傍にはいられない」 『何でだ?俺を最後まで支えてくれるんじゃなかったのかよ』 「エースとして貢献できなかったのはごめん。でも僕はこれ以上あなたの傍にはいられない」  できるだけ、感情のない声で言うことを心掛けた。 泣きたくなかったし、もし泣いたら戻りたくなるから。 『分かんねぇ!どうして突然そんなことを言うんだよ!』 「言ったでしょう?母親が倒れたって」 『それだけじゃないだろ……俺が、何かしたか?俺が嫌になったのか?』  『ヤメてくれ』圭太はそう思った。  食い下がらずに、あっさりと離れてくれたらどれだけ楽か。 他にも幾らでも相手はいるだろうに、どうして自分を引き止めるんだ。 「そうだね。その通りだよ。別に瑠季さんに何かされた訳じゃないけれど、支えていくのに疲れたんだ」 『何でだよ!俺はお前がいなきゃダメなんだよ!』 「嬉しいけど……それはお客としてでしょう?売り上げのためなら他あたってよ。僕はもう、戻らないから」 『それは……』 「何だっていうの?僕の存在はお客以外にある?違うでしょう?」  そう問うと、瑠季は一瞬言葉に詰まったようだった。 『確かにお前は客だけど、一番に考えてるよ』 「そう言われても、僕はとにかくもう瑠季さんには会わないから」  『何が言いたいのか分かんねぇけど、結局、お前もか……』  瑠季の声が一層低くなった。 「え?」 『俺は、職業柄色々と裏切られてきた。でも、お前だけは裏切らないと信じてたんだ。お前だから信じた。でも、お前も同じだったんだな』  本当は、圭太も心が傷い。この時、瑠季を傷付けたことが分かった。 相手が誰であろうと、傷付けることはいけないだろう。 瑠季にも酷いことをしたと思う。 「ごめん。本当に……。憎んでもいいし、忘れてくれて構わないから」 『……お前がそこまで言うなら、分かったよ。じゃな』 「うん……元気で……」  電話は圭太から切った。そしてそのまま自室の床にへたり込む。 気付いたら、涙がとめどなく溢れていた。 『ごめん……琉季さん。荒木、康二さん……』  もう呼ぶことのないだろう名前を、心の中で呟いてみる。 自分で決めたことなのに、辛くて仕方なかった。  体に力が入らない。  本当に自分は、明日以降もちゃんと生きていけるんだろうかとさえ、思ってしまう。  ふと、琉季の店にいたソラの言葉を思い出した。 『琉季さんを大事にしてあげて欲しい』  ソラはそう言ったけれど、守れそうにない。圭太はソラにも罪悪感を感じた。  琉季は、自分のことをソラに愚痴るだろうか。  でもそのうち、新しいエースを見つけて自分などさっぱりと忘れてしまうかもしれない。  それでいいんだと、圭太は自分に言い聞かせた。

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